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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

一杯のラーメンを食うためだけに北海道

 オレには、北海道旭川市出身の味噌ラーメン番長という友達がいる。 
 2~3年前からコイツとは頻繁に、オレが旨いと思う味噌ラーメン屋を訪れていたのだが、オレは毎回悔しい思いをしていた。何だかんだで20軒近くの関東にある味噌ラーメン屋に連れてったにも関わらず、味噌ラーメン番長はどの店のラーメンも話にならないと言うのである。 
 彼の話によると、北海道は味噌ラーメンは札幌、塩ラーメンは函館、醤油ラーメンは旭川が本場となっているが、それはそう捉えさせておけばマスコミ的には便利だからで、少なくとも旭川にも札幌に負けないくらいの旨い味噌ラーメン屋があるという。その中でも「ふるき」という店の味噌ラーメンは群を抜いて美味しく、店に飾ってある有名人のサイン色紙も誰でもいいというわけではなく、ホントに誰でも知っているような著名人の色紙ばかりだとのこと。ところが、その「ふるき」を立ち上げた店主が急に病気になって亡くなってしまい、その結果、店も当然閉めることになった。その後、その店主の娘さんが遺品を整理していたら、その中から父親が書いたラーメンのレシピノートを発見。そして、娘さんはそのノートを元にして「ふるき」を再開し、先代とは全く味が変わってないということで「ふるき」は再び有名店に。とにかく、「ふるき」は旭川 市民の間では伝説のラーメン店になっており、道外の人でも1度この店を訪れたら再び足を運んでくる人が後を絶たないと言う。 
 当然、味噌ラーメン番長からここまでの話を聞かされて、ジッとしてられるオレではなかった。つーことで、早速旭川に飛ぼうとしたのだが、そんな時に味噌ラーメン番長から「ふるきの2代目である娘さんが病気にかかって、ふるきは去年から店を閉めている」との情報が入ったのである。更にその数ヵ月後、味噌ラーメン番長は自分の仕事の都合で九州の福岡県に引っ越すことになり、そのふるきの味噌ラーメンの話はたち消えてしまったのだ。 

 ところが、約半年前。福岡に引っ越した味噌ラーメン番長から電話が入り、ナント、あのふるきが再び営業を始めたとのこと。もうオレには迷いは無くなっていた。 
 2024年5月29日。オレは旭川に7時45分に到着予定の飛行機に乗っており、その後、旭川空港に隣接するレンタカー屋で車を借りて「ふるき」の前には午前8時50分に着いた。すると店の中から1人のオヤジさんが出てきて、「店の中に名前を書く紙があるから、そこに名前とケータイ番号、そして、何を注文するかを書いて下さい」と言ってきた。その言葉にオレはハンパなくホッとしていた。そう、オレは臨休王で、ネット上ではその店はその日営業していると書いてあるのだが、実際に行ってみると店の入口ドアのところに『すいませんが本日、臨時休業させて頂きます』という紙が貼ってある確率が40%ぐらいあるという男なのである。もし、北海道まで来て、この日が臨休だったら……なんてことになったらどうしようと内心怯えていたのだ。 

 まだ営業前の店内に入ると、入口すぐのレジ脇に予約帳があり、それにオレはイタヤという名前とケータイ番号を書いた。続いてすぐ脇に貼ってあるメニュー表の味噌ラーメンの部分に目をやる。
・みそラーメン 1100円
・みそチャーシュー1450円
・みそバター1250円
・みそチャーシューバター1600円と書いてあって、店側はバターのトッピングを勧めていた。オレはここまで来てケチってもしょうがないと思って『みそチャーシューバター』と書こうとしたが、万一味噌ラーメン番長に「お前、バターなんか入れてんなよっ。味が全然変わっちまうだろ!!」と言われないか用心したが、よく考えたら最初の何口かはバターを溶かさないで食べればいいやと思い、改めて「みそチャーシューバター」と書いた。すると、さっきの店のオヤジさんが「11時30分から45分の間ぐらいに店の前に来て下さい。席が空いたらケータイに連絡入れますから」と言ってきたので、オレは「ふるき」から数キロ離れた『川村カ子トアイヌ記念館」というアイヌの生活を紹介している施設を見学して時間を潰した。そして、11時20分ぐらいに「ふるき」の駐車場に車を止めたら、例のオヤジさんが店の中から出てきてくれ、席が空いたからどうぞとオレをテーブルの席に案内してくれた。店の壁には、この店を興した初代店主の顔写真が飾られていた。
(このお父さん、今のこの状況をどう思ってんだろうなぁ……。やっぱ喜んでるんだろうな) 
 そう思いながら、厨房の中にいる娘さんを目で探してみたが、オレと同い歳ぐらいのオバちゃんが4人も働いていて、誰が今の店主か分からなかった。 

 そうこうしてるうちに、遂にオレのテーブルに「みそチャーシューバター」が……。オレは、とりあえずそのラーメンの写真を撮った後、5~6秒間そのラーメンを見つめた。大きいサイコロのようなバターを乗せたネギ、それが頂上にそびえたモヤシの山を5枚のチャーシューが囲んでいた。そして、そのモヤシの林を掻き分けると、そこから中太ちぢれ麺が……。そう、オレは、あの輪ゴムのような食感の北海道の多くのラーメン屋が使用している西山製麺があまり好きではない。そして、それと比べただけでも、この店の麺はその旨さを保証しているように見えた。 
 スープを一口飲む。旨い。麺をすする。うん、やっぱり旨い。果物や数種類の味噌をベースにしたスープ、その芳醇な海にまだ体全体の皮膚が柔らかい聖女が限りなく自由に泳いでるような、そんな感覚が口の中から伝わってきた。 
 ただ1つ、オレ的に残念だったのは、チャーシューの肉がオレが好きな豚バラ肉ではなく豚の肩ロース肉だったので、なんだか乾いているような感じだった。が、それはオレの好みの問題なので、それを除いて考えれば、確かにオレが今まで食べた味噌ラーメンでは最も旨いラーメンだった。 
 が、あえて正直に言わせてもらうと、このラーメンはオレの想像を上回る味ではなかった。そう、あまりにも味噌ラーメン番長の推しが強かったので、食べた途端、無条件で笑ってしまうような味なのでは……と思ったが、いや、ただただ美味しい味噌ラーメンだった。でも、不満は1ミリも無い。あるラーメンや食べ物が本当に気になるのであれば、その気持ちを納得させるには、それを実際に食べてみるしか方法がないのである。そして、この時のオレはそれをちゃんと味わい、ようやく自分の中で味噌ラーメンというジャンルに背骨のような物が1本通ったのだ。 

 ちなみに、この北海道の一泊旅行。この後でオレは高速を2時間ブッ飛ばして札幌の炉端焼きの店まで行き、その札幌から旭川方面に少し戻ったところにある岩見沢市の健康ランドで一泊。そして翌朝、その宿から車で30分弱の「太鵬」という、これまた味噌ラーメンが旨いと通の間では評価の高い店で、その味噌ラーメンを食べた。その感想を簡単に言うと、まぁ、この店のラーメンも確かに旨かったが、僅差で「ふるき」の味噌ラーメンの方が上回っていた。 
 さて、その後、オレは再び旭川に戻り、14年前に行けなかった旭山動物園を満喫してから帰りの飛行機に乗りました。それなりにお金もかかったけど、オレ的にはそれ以上に意味のある旅でした。以上です。味噌ラーメン番長(笑)。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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