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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

狼少年 アキト

 以前このコラムでも書いたが、オレには埼玉県で串カツ屋をやっている塚ポンという後輩がいて、彼にアキトという今年から中学校に上がった長男がいる。
 このアキトというのが実に不思議な少年で、5才の時まで聴覚が殆ど働いていなかったのだ。当然その親の塚ポン夫婦は、幼いアキトを色々な病院に連れていったらしいが、どの病院でもハッキリとした原因はわからなかった。で、塚ポンは考えた挙げ句、自分が食べ物を扱う店を出し、将来その店をアキトに継がせれば、例え耳が不自由でも何とかアキトは食っていけるのでは、と思い、それまで勤めていた会社を辞め、串カツのチェーン店で修行を始めることにしたのである。
 ところが、塚ポンがその串カツ屋で働き始めてから、まだ数ヵ月しか経たないうちにナント、突然アキトの聴覚が治ったというのだ。で、塚ポン夫婦は喜んだが、塚ポンは今さら元の会社に戻るわけにもいかず、結局はその串カツ屋で5~6年働いてから独立し、自分の串カツ屋を埼玉県にオープン。と、その串カツ屋は最初からバカ当たりし、今年で4年目を迎えるが、相変わらずその地域の超優良店であり続けているのである。
 よくよく考えてみると、そうなったのも元はといえばアキトの聴覚のお蔭なのだ。で、アキトはすくすくと青少年になっていってるのかというと、実はそうは問屋が卸してくれなかったのだ。
 小学校3年ぐらいからプクプク太り始めたアキト。まあ、この子は結構愛嬌もあり、それはそれで可愛かったのだが、小学4年で体重が50キロ、5年で60キロ、6年で70キロになり、遂には中学に上がった頃には80キロになってしまったのだ。そう、完璧なデブのエリートである。

 そんなある日、オレが西武ドームでライオンズ戦を観戦した後、塚ポンの串カツ屋に寄ると、珍しく塚ポンがピリピリしながら串カツを揚げていたので「何かあったの?」と尋ねると次のような答えが返ってきた。
「いや、アキトの奴が小学校の同級生たちに“自分は東京に住んでた時に人を殺したことがある”って言ってたらしくって、それを同級生たちが信じちゃって、学校でも大問題になってるらしいんですよ。で、俺は明日の朝、アキトの担任に呼び出されてるんですわ」
 それを聞いた時、オレは今年1番激しく笑った。東京の住んでた時に人を殺したことがあるって、まぁ塚ポンはココに店を出す前は中野区に住んでいたので、アキトも確かに以前は東京に住んでいたのだが、ってことは小学生の頃に人を殺したことがある、ってことになる。てか、どうしてアキトはそんなウソをついたのだろうか?

 それから約2週間後。その日、塚ポンの串カツ屋は定休日だったので、2人で西武ドームに向かう前に上野のラーメン屋に行こうということで、まずは午前中の9時頃に塚ポンのアパートに赴いたのだが、塚ポンがオレの顔を見るなり「すいません、ちょっと30分くらい付き合ってもらえませんか?」と言う。で、「いいけど、ドコに?」と尋ねると、さっきアキトの中学の先生から電話があり、今朝アキトが学校の昇降口のところで倒れていたので救急車を呼んで病院に運んだという。それで、こりゃー大事ということで、塚ポンの車に塚ポンの嫁と長女も乗せて指定の病院に向かったのだが、こんな時だというのに車内に全く緊張感が無いのである。で、オレが改めて「アキト、大丈夫かなぁ?」という言葉を吐くと、塚ポンの嫁から次のような言葉が返ってきた。
「う~~ん、嘘で倒れた可能性もあるんですよねぇ」
「嘘で倒れたぁ!?」
「とにかく、あの子は自分の立場が悪くなるとスグに嘘をつくんですよ。要は、学校に遅れそうになったから、ワザと昇降口で倒れた可能性もあるんですよ」
「いやいや、いくら何でもそれで救急車にまで乗らないでしょ!?」
 すると、今度は嫁とバトンタッチするかのように塚ポンが次のような話をしてきたのである。
「この前、中学の父兄参観があって嫁と行ってきたんスよ。したら、アキトの教室の壁に各生徒の自己紹介の紙が貼られてたんスけど、アキトのを読んでみたら“自分、キレっと何すっかわかんねえけど、最近は丸くなってきたんでヨロシク!”なんて書いてありやがるんスよ。で、それだけでもコッチは恥ずかしくて真っ赤なのに、趣味の欄に“相撲を取ること”なんて書いてあるんだけど、奴はただ単に太ってるだけで、今まで一度も相撲なんて取ったことないんスよ。……まぁ、あの日は夫婦揃って黙って学校から帰ってきましたよ」
「グハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
「で、その2カ月後ですよ。例の、自分は東京に住んでた時に人を殺したことがある、ってアキトが学校で言って、ボクがアキトの担任に呼び出されたのは。ま、とにかく奴はどんどんハンパない狼少年になってるんですよね」
「ギャハハハハハハハハハッ!! く、苦し……ギャハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
 止まらないオレの笑い。で、そうこうしてるうちに車は病院に着き、いざアキトが運び込まれた部屋に駆けつけてみると、どうやら奴は今回はホントに脇腹が猛烈に痛くなって倒れたらしかったが、アキトへの質問表を見た途端に、あろうことかププッ!!と吹き出す塚ポン。
「ど、どうしたんだよ?」
「いや、アキトの奴、今朝家では何ともなかったのに、朝3回吐いたとか答えてるんスよ」
「がはははっ、おい(笑)」

 で、とりあえず命にかかわる病気でもない様子だったので、オレと塚ポンは10分ほどすると上野のラーメン屋に向かったのだが、ラーメンを食べてる最中に塚ポンの元に奴の嫁から電話が掛かってきた。それによると、どうやらアキトは熱中症や盲腸炎ではなさそうだったが、中学1年にして痛風になりそうな数値が検査で出たらしく、おまけに脂肪肝の量もハンパではなかったという。
 てか、100キロ近いデブのオレが言うのも何だとは思うが、このままでいくとアキトは中学時代で3桁の体重になることは、ほぼ確定で、そうなると、とんでもない病気になる可能性もメタメタ高くなるので、奴の体重の暴走を止めるのは今後、塚ポン家の割と本気で取り組まなくてはならない課題だと思う。で、もう1つの課題「アキトの狼少年問題」だが、これについてはオレも同じ男として何となくわかる。
 そう、つまり、アキトは“自分がいじめの対象とならないための保険”を幾重にもかけているのである。
 数年前に、この埼玉の小学校に転校してきたという環境。
 面白いように体が太くなっていく、その体質。
 妹の扱いを見てもわかるように、基本はとても優しい性格。
 そう、周りの友達がアキトをいじめの対象にする要素は腐るほどあるのだ。アキトはそれを小学校時代から感じ取り、奴なりに考えた結果、自分を必要以上に悪く見せることによって、そういう隙を隠そうと思ったのだ。

 が、アキト。このまま、そういう無茶なハッタリを続けていくと、そのうち必ずソレがばれる瞬間があり、そうなるとアッという間にいじめ地獄の中に叩き落されるぞ。そうならないためにもアキト、とりあえず何か運動をして、少しでも体を鍛えておけ。
 それでも地獄にハマった場合は、そん時はお前の父さんとオレで、そのいじめっ子たちを全滅させてやる。ま、でも、それはそれで手間のかかることになるので、とりあえず、もう無茶なウソをつくのは止めろ。それから中学時代に体重が3桁になったら、一生彼女は出来ないと思えっ。実はこれが1番辛いからな。


 わかったな、アキト(笑)

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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