MENU

ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

後でしかわからない全盛期

 オレが結婚した翌年ぐらいだったから、多分31歳の頃だったと思う。
 その日、ウチの家族、そして、オレの友達のキャームは夏の日曜日の午後3時頃、ウチの庭にある縁台を囲むようにして簡易イスに座っていた。ちなみに、ウチの家族というのはオレのジイさんとバアさん、親父のケンちゃんとオフクロ、そして、オレの嫁の計5名で、それにオレ自身と友達のキャームを加えた全7名がソコでくつろいでいたわけだ。
 縁台の上には、バアさんが茹でた何本ものトウモロコシが大きな釜に入ったまま置かれていて、皆、それに手を伸ばしてムシャムシャとパクついていた。

「あれ……?」
 突然、そんな声を上げる嫁。
「何だよ?」
「いや……何か、さっきからウシガエルが鳴いてるような声が……」
「ウシガエルぅ?」
 オレがそんな言葉を吐いた瞬間から、シーンと静まり返る縁台の周辺。が、数秒後……、
「そんな声、全然しねえじゃんかよ。空耳なんじゃねえかぁ~?」
 そう言いながらウチの嫁を見るキャーム。
「いや、確かにそんな声がしてたんだけどなぁ……」
「まぁ、いいや。ほら、どんどん食おうぜ、トウモロコシを。早く食わないとバアさんが茹でたのが冷めちゃうからよ」
 オレがそう言った後、再びトウモロコシにかじり付く面々。ところが、また数秒後……、
「ほらっ、絶対近くにいるよ、ウシガエルが! ほらっ、聞いて、ほらっ!」
 嫁のそんな言葉に再び耳を澄ます一同。………が、そんな鳴き声は全く聞こえなかった。
「おかしいなぁ……。確かに聞こえたんだけどなぁ~」
「だから、お前の空耳だっつーの! こんな全員で注意して聞いてるのに、誰も聞こえないなんておかしいだろっ?」

「あ~あ~、それにしても、この子はいくら何でも食べすぎだよぉ~。さっきから見てたら、もう6本も食べてるよぉ~」
 唐突に割り込んでくるバアさんの声。そして……、
「うるせえっ、いいだろうよ、こんな何十本と茹でてあんだからっ!!」
 そんなバアさんを睨みつける親父のケンちゃん。
「あ~あ~、この子は揚げ餅だけじゃなく、トウモロコシもこんなバカみたいに食べちまうのかよぉ~」
「じゃあ、おメーもこんなバカみたいに茹でてんじゃねえよっ!!」
「あ~あ、60を過ぎた息子に“おメー”なんて呼ばれちまうのかよぉ~。茹でるもんじゃないなぁ~、トウモロコシなんて」
「そういう問題じゃねぇだろっ、このバカババアが!!」
「あ~あ、またババアの前にバカも付いちまうのかよぉ~。死んじまえばよかったなぁ~、関東大震災の時にこの子と一緒に」

「あっ、ほらっ、今、聞こえた!! 間違いなく近くにいる、ウシガエルがっ!」
 再び割って入ってくる嫁の言葉。そして、またしても静まり返る縁台の周囲。と、数秒後……、
「ダハッハッハッハッハッハッハッハッ!! わ、わかったよっ、秘密が……ダハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
 突如として、狂ったように笑い始めるキャーム。
「な、何だよ、秘密って?」
「いや、さっきからカズちゃん(オレの嫁)がウシガエルの鳴き声っていってるのは、ダハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!! オジイさんの鼻が鳴ってる音だよっ」
 そうなのである。ウチのジイさんは蓄膿症ってわけじゃないけど、昔から何かを食べている時などに鼻が「ガァーゴ……ガァーゴ……」と鳴ることがあって、その時はトウモロコシを齧りながら食べていたので、余計に鼻呼吸をしなければならず、いつもより大きな音が鳴っていたのである。
「ダハッハッハッハッハッハッハッ!! わからないはずだよっ。カズちゃんが『ほらっ、ウシガエル、ほらっ!!』って言ってる時は、オジイさんも耳を澄ましてトウモロコシを齧るのを止めてるから」
「グハッハッハッハッ!! そうかっ、自動的に鼻呼吸が止まって、例のウシガエルの鳴き声もしなくなったってわけかっ、グハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
 その後、オレとキャームの笑い声につられるようにして、一斉に爆笑し始める一同。しかも、最もオカしかったのは当のウチのジイさんも爆笑し始め、また、その笑いがあまりにも激しかったから、笑ってる最中もまるで模範解答でも発表しているかのように、例の「ガァーゴ……ガァーゴ」という音を同時に響かせていたことだった。オレ、この時、あまりにも激しく笑い過ぎて、マジで少し小便漏らしちゃったもんな。


 で、それから20数年後………。今はジイさん、バアさん、ケンちゃん、オフクロも死んじゃって静かなばかりか、現在は嫁とも2日に1言ぐらいしか話さず、キャームとも年に1回ぐらいしか会ってない。今、考えてみたら、この時がオレにとって1番いい時代だったかもね……。つーことで今月は以上です、キャップ!

 

 

『そっちのゲッツじゃないって!』発売中!!

◇ガイドワークスオンラインショップ
『そっちのゲッツじゃないって!』

◇amazon
http://amzn.to/2xLez35

 

バックナンバー

著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

閉じる