MENU

ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

なぜオレはマザコンになったのか?

 2006年12月3日………。
 オレのオフクロの命日である。と同時に、この日からオレの生きる楽しみが半分になった。

 オレは相当なマザコンである。オフクロが生きてる頃からマザコンだった。が、もちろん最初からマザコンだったわけじゃない。むしろ18歳の頃までは、オフクロのことが嫌いというか邪魔だった。
 タバコを吸ってるところを見られると「まったく、そんなモノは自分がお金を稼いでから吸うもんだよ!」。 
 女相手に長電話をしてると「いつまで下らない話をしてるんだいっ、そんな訳のわからない女と!」。
 ケンカをして帰ってくると「服なんかもう一着も買ってやらないからね!」。
 地元での暴走族の仲間と庭先でタマって話していると「もう解散しなっ。近所迷惑だよ!」。
 グレ始めてからは、とにかく何から何まで文句を言われた。オレは、その当時は本気で次のように思っていた。 
(どうしてこの女は、オレが楽しいことをやろうとすると必ず文句をつけてくるんだよっ。人が楽しんでるのを見るのが嫌なのか!?)

 ちなみに、オレの親戚の中にはマザコンになったオレを見ると、次のようなことを言ってくるオバちゃんが何人もいた。
「そりゃ小児喘息持ちだったコーちゃん(オレ)の背中をヨッちゃん(オフクロ)は発作が起きる度に一晩中さすってたりさ。それから、コーちゃんが高校をサボってた時なんかも、ヨッちゃんは老人ホームでの自分の仕事があるのに、朝コーちゃんの後をつけてって雀荘なんかに悪友と入ろうものなら後ろから怒鳴りつけてたんだろ。そこまで手をかけて育ててくれたら、そりゃマザコンにもなっちゃうよねぇ~」
 が、実際には、そんなことでマザコンになったわけではない。若い頃のオレは、とにかく自分以外の人間のことなんか全く見てなかったし、ましてや、その人物がそのことをやることによってどれだけ大変な思いをしてるのかなんてことは考えたこともなかった。そう、完全自己主体型のダメ人間だったのである。

 ちなみに、オレの息子も4~5歳の頃に小児喘息にかかっていた。 そして、月に3~4度ぐらい夜になると喘息の発作が起きて、苦しそうに呼吸をしていたので当然に、その背中をさすってやるのだが情けないことに20分もさすれないのである。疲れると言うか、ウトウトしてしまうと言うか、とにかくその途中で寝てしまい、夜中に息子の泣き声で何度も起こされるのだが、やっぱり何分か背中をさすってるうちに再び寝てしまうのだ。
 オレが息子と同じ4~5歳の頃、夜の8時頃ノドがヒューヒュー鳴って喘息の発作が起こると、オフクロはオレを布団に横に寝かせ、9時から翌朝の5時頃まで延々と背中をさすり続けてくれたのだ。時間にすると8時間にもわたってである。そう、普通に考えれば、常識では決して出来ないようなことを月に何度もやってくれていたのだ。しかも、ウチには妹や、生まれて間もない弟のセージもいたのにである。
 が、オフクロにそんな尊いことを他にもいくつもやってきてもらったのにも関わらず、若い頃のオレはまったくそれには気づかず、前記したようにグレ始めると、何でウチのオフクロは自分の邪魔ばかりするんだよ!!と毎日毎日ムカついていたのだ。そんな高校2年のある日、いつものように遊び友達の女と自宅で電話の長話をしていると、いつものようにオフクロが背後から文句を飛ばしてきた。 
「一体いつまで話してるんだいっ? いい加減に切れ!」
「るせえなっ!! 大事なことを話してんだから黙ってろ!」
「お前にとっての大事なことっていうのは、いつどこでSEXするとか、そんなことなんだろっ!?」
「お、お前この電話を切った後でマジ殺すからなっ、おお!?」
「ああ、殺せるもんなら殺してみろ。っていうか、お前にそんな度胸があるなら、最初っからそんなチンピラみたいな生き方はしてねえわ!!」
「こっ……このクソババア………」

 そして、その電話を切った後、オレはオフクロに向かって 飛び蹴りを食らわせた。オフクロは「ううううう……」と唸った後、両膝を床について脇腹を押さえた。その様を見たオレは「大げさなんだよっ、クソババァ!! わざとらしく痛がりやがって」という言葉をうずくまってるオフクロに飛ばし、そして悪友と遊ぶために自宅から出ていった。 

 ま、ここから先は自伝小説にも書いたので軽く紹介しとくと、その後、自宅に帰ると親父のケンちゃんから「おい、母さんは肋骨を4本も折って入院しちゃったぞ!」と怒鳴られた。
 で、普通なら、まずオフクロのことが心配になって病院に走るのだが、その時のオレはオフクロのことを超慕っているオフクロのヤクザの実弟に殺されると思い、病院にも行かずに友達の家を泊まり歩いたのである。そして、1週間近くが経ち、もう大丈夫だろうと思って自宅のある立川駅の改札を抜けて少し歩いたところで、身長が190センチ近くもあるオフクロの弟の舎弟分に捕まった。叔父さんの事務所がある赤坂、そこにベンツの助手席に座らされて向かってる最中、これから自分はどういう目に遭うかってことばかりを震えながら考えていた。

「おう、宏一。………いいから、そこのソファーに座れ」
 事務所の自分専用の机に座っていた叔父さん、彼は自分の前に現われたオレを見ると、異常に乾いた、が、重い声でそんなセリフを吐いた。オレは何とかソファーに腰を下ろしたが、言いようのない恐怖で体全体が痺れていた。
「おい、宏一くんよ~」
「……は、はい」
「おう、宏一くん」 
「あっ……は、はい」
「おい、宏一」 
「…………はい」
 叔父さんは、そんな呼びかけ3連発をオレに飛ばした後、改めてコチラを睨んでから喋り始めた。 
「今から6日前だよ。ケンちゃん(オレの親父)からヨッちゃん(オレのオフクロ)が今、肋骨を4本も折って入院してるって電話をもらってよ。ケンちゃんにどうして折れたんだって聞いてもハッキリ答えねえから、とりあえず俺はヨッちゃんが入院してる立川の病院に向かったわけだ。そしたら病院の入口のところでケンちゃんにバッタリ会ってよ。で、改めて聞いたんだよ。ヨッちゃんは何で肋骨を4本も折ったのか?って」 
「……………」
「そしたら、実はウチの宏一に蹴られて折った、なんて答えが返ってきてよ。……え、宏一くん?」
「は……す、すいません……………」

 上から20トンぐらいの水圧をかけられているようで、その時点でオレは指の1本でもツメるハメになるなと震える心で感じていた。 
「で、ヨッちゃんの病室に行ったらよ。ヨッちゃんは俺の顔を見るなり、グッとコッチを睨みつけてな。“お前、あらかじめ言っとくけど、もし宏一に手でも出そうものなら、アタシはこの病院の屋上から飛び降りるからな! 冗談で言ってるわけじゃないからな!!”なんて怒鳴ってきやがってな」
「えっ……オ、オフクロがですか!?」 
「いきなり俺に脅しをかけてきやがってよ。俺はな……宏一。お前の母ちゃんは小さい頃、うちの母親が再婚したヤクザに虐められる度に命懸けで守ってくれてな。俺が今の商売を始めても、もちろんいい顔はしなかったけど、事あるごとに助けてくれてな。おメーの母ちゃんは、言わば俺にとっては姉貴であり、母親のような存在でもあるわけだよ。……わかるか、宏一?」 
「は、はい………」
「で、そんなこの世の中で1番大切な人間が、お前に指一本でも出そうものなら病院から飛び降り自殺をするって言ってきてよ……。宏一……。俺はおメーの親父から、ヨッちゃんの肋骨を折ったのはおメーだって言われた時は正直言って、お前を殺してやろうと思ったよ。ところが、ヨッちゃんに会った途端、そんなことを言われたら…………宏一」
「は、はいっ」 
「ヨッちゃんは、もう退院して立川の自宅にいるから、今からスグに帰って謝ってこい」 「……………」
「とっとと行けや、このクソガキがあああああっ!!」
「わかりました!!」

 夕刻。青梅行きのJR中央線、その扉の脇に立って立川に向かっている時に、オレは生まれてから今までオフクロがオレにしてくれたことを初めて冷静に考えてみた。
 いくら親だから当り前って言っても、お前は自分に子供が出来て、その子供が小児喘息持ちで、夜に発作が出たら明るくなるまで延々とその背中をさすってやることは出来るのか? 
 お前が人の親になった時、その子供をグレさせてヤクザにならせないために、お金に余裕なんて殆どないのに小学校2年からスパルタ塾に入れ、更に土・日には進学教室に通わせることは出来るのか?
 更にその子供が塾に行ってた仲間の中で唯一どこの私立中学にも受からなかった時、そんなことにはめげずにスグに次の高校受験のための塾を探すことは出来るのか? 
 お前が人の親になった時、その子供が毎晩のように暴走族のたまり場をウロつき始めたら、その子供にプレッシャーをかけるために1人でチャリンコに乗って、そのたまり場の周囲を回り続けることは出来るのか?
 そして、その子供に脇腹を蹴り上げられ肋骨を折られても……………。
 気がつくとオレは、電車のドアの窓の外を見ながらポロポロと涙をこぼしていた。そして、その時にハッキリとわかったのだ。 
『オフクロはオレの邪魔をしてるんじゃない。命を賭けてオレを守ってるんだ』 
 それがわかった時、自分の体が一本背負いされたかのようにズダーン!!っと1回転し、床に叩きつけられたような衝撃が走った。そして、続いて次のような言葉がオレの脳裏に流れたのである。
『これからオレは、自分の一生を生きる情熱の半分はオフクロを喜ばせるためだけに燃やそう。……うん、そうしよう!』 

 まぁ、とは言っても、その後もオレは何年もズッコケ続けるんだけどさ。でも、30を過ぎた頃から次々と本を出し、オフクロが67歳で死ぬまでの間に何度か本気で喜んでくれたことが、今のオレのオフクロに対するせめてもの罪滅ぼしだと思っている。 


 いや、とにかくスゲえ女だったよ……。

 

-----------------------------------------------------

『そっちのゲッツじゃないって!』

◇ガイドワークスオンラインショップ
(限定特典:西原理恵子先生表紙イラストのクリアファイル付)
『そっちのゲッツじゃないって!』

◇Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/4865356339

バックナンバー

著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

関連書籍

閉じる