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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

1%もない確率(前編)

 このことに関しては、実はオレのXでも報告したが、よく考えてみると結講凄いことなので、もう1度ここに書いておくことにする。 

 オレが今の埼玉県富士見市という所に引っ越してきてから、もう5年近く経つが、その中で特に仲良くなった奴が3人いる。1人は、その富士見市で串カツ居酒屋をやっている塚ポン。何を隠そう、オレが何故この富士見市に引っ越し先を選んだのかというと、それはこの塚ポンがココで「まるや商店」という串カツ居酒屋をオープンさせたからだった。そう、そのくらい奴が経営するまるや商店は居心地が良かったのだ。 
 そして、2人目がそのまるや商店に週に1~2回通ってくる竹ちゃんという男で、ある時、同じ西武ライオンズのファン同士ということで塚ポンに紹介され、それから徐々に仲が良くなり、今では月に2~3回行くグルメ旅のなくてはならないメンバーになっている。特にカメラマンとしての彼の能力は、もう素人の域を凌駕しており、彼無くしてはXで展開しているグルメレポートは成立しないほど、大切なシーンは確実にケータイカメラに収めているのだ。 
 で、最後の3人目もまるや商店を通じて仲良くなった三村さんという人なのだが、塚ポンはオレの10コ下、竹ちゃんもオレの4コ下なのだが、この三村さんはオレの6コ上なのだ。なので関係性は先輩として付き合っているのだが、とにかくこの人がとんでもない曲者だった。オレがこの地に引っ越してきた時、塚ポンと昼飯を食いに行ったことがあるのだが、その時に奴はオレにこんなことを言ってきたのである。 

「ウチの店の常連で、今は週5で通ってくる三村さんと人がいるんスけどね。とにかくこの人は皆に避けられてて、だから誰からも話し掛けられず、ウチに来ても大抵がカウンターの脇の席で、ウチに来る途中のコンビニで買ってきた夕刊を黙って読みながら、1人でチビチビとビールや焼酎を飲んでるんスよ」
 が、オレはその塚ポンの話をそのまま鵜呑みにすることは出来なかった。なぜなら塚ポンからそんな話を聞く4年前ぐらいに、オレはその三村さんにエスコートされて、塚ポンと一緒に豊島区大塚にある飲み屋を訪れているのだ。その半年前くらいからまるや商店で三村さんと顔を合わせると、身長は180センチ以上あり、白髪の下にギョロリとした目を輝やかせている彼がオレにペコリと頭を下げるのである。で、オレにはその意味がわからず、ある時、そのことを塚ポンに訊くと次のような答えが返ってきた。 
 
「いや、あの三村さんは、コロナ禍前までは大塚にある飲み屋さんに通ってたみたいなんけど、その店での友達と話してる時に、最近自分は地元にあるまるや商店っていう串カツ居酒屋にも時々行くようになって、またそこに週に1回ぐらいでゲッツ板谷っていう不良ライターも来てるらしくてさぁ、なんて話してたら、その三村さんの友達がたまたま板谷さんのことを知ってる集英社の編集者だったらしいんですよ」 
「へえ~、そうなんだ」
「で、2人で板谷さんの話をしていたところ、その飲み屋のママさんがいつの間にか目の前にいて、実はそのママさんも板谷さんのファンだったらしいんです。で、結局は三村さんが、そのゲッツ板谷をその店に近いうちに連れてくる、って話になっちゃったらしいんですよ」 
「何だよ、それ? 友達でも何でもねえのに」 
 ところが、それから半年後。オレは塚ポンと三村さんに連れられて、その大塚にある飲み屋に行ったのだが、その日は同店には客が溢れかえっていて、結局はその店のママさんとはロクに会話も交わせず、帰ることになったのである。で、それからと言うもの、オレと三村さんは塚ポンのまるやで顔が合っても軽く会釈をするだけの関係に落ち着いていた。そして、それから何年か経ってから、オレは今まで1度も付き合いが無かったような感じで、塚ポンから三村さんが仏頂面をしていつも1人寂しく酒を飲んでいることを聞かされたのである。 

 その後、オレはまるや商店近くのマンションに引っ越してきてからというもの、そのまるやのカウンターで1人で酒を飲むこともポチポチ増えてきた。そのうち三村さんの数少ない飲み友達の葛西くんという常連を通して、改めてオレは三村さんとも結構話すようになり、そのうち葛西くんが会社の出張でインドネシアに行ってしまってからは、週に2~3度の割合でまるやのカウンターで並んで飲むようになった。その結果、三村さんについて色々なことがわかってきた。彼の仕事は雑誌の誌面デザインをフリーでやっており、オレと同じく離婚経験者で、まるや商店から歩いて15分ぐらいのマンションに1人で住んでいた。とにかく彼は変なところに異常にプライドが高く、よって飲み屋などで他の客から気安く声を掛けられても殆ど相手にもせず、なので自動的に気難しい奴として見られ、まるや商店では“ギョロ目の白髪鬼”になっていたのだ。が、いざ仲良く話すようになってみると、それなりに常識がある人で、学歴も都内にある本郷高校から中央大学に入ったが、あまりにも田舎にあったので1年も通わずに辞めた後で、改めて明治大学に入り直しているインテリだったのである。
  
「いや、俺もゲッちゃんの昔の恋人話に影響を受けて、若い頃に夢中になってた一眼レフのカメラで撮った女の写真を見てたら、その中にカコちゃんっていう娘がいてさ。そのカコちゃんが、またビックリするほど美人なんだよ」
「その娘とは何で知り合ったんスか?」 
 去年の春頃、まるやでいきなりカコちゃんという女性の話を始めた三村さんにそんな質問をするオレ。 
「いや、俺とカコちゃんは中学の同級生でな。と言っても、その中学に通ってる時はロクに話したこともなかったんだけどさ……。え~っと、あれは俺が大学生で、地元の駅前にある喫茶店でバイトをしてた時に、偶然カコちゃんがその店に客として時々来ててな。で、すぐに仲良く話すようになってさ。それで彼女はとにかく美人だったから、思い切って当時から夢中になっていた一眼レフのカメラの被写体になってくれないかって 頼んだわけだよ」 
「おいおい、随分と積極的だったんスねぇ~。で、カコちゃんは何って答えたんスか?」 
「普通にいいよって言ってきてさ。で、駅のホームやら近くの所沢航空記念公園なんかに行って、計3回もモデルになってくれてな」 
「うわっ、凄いじゃないっスか。ちなみに、三村さんはその時、彼女はいたんスか?」 
「いや、別れたばっかりでさ」 
「じゃあ、告っちゃえば……」 
「いや、ところがその後、カコちゃんは実家の事情で福島県の郡山市に引っ越しちゃってさ。で、俺はどうしてもカコちゃんのことが忘れられず、1回彼女を尋ねて郡山まで行ったことがあるんだよ」
「おいおいおい! 今じゃ考えられない行動力じゃないっスか」 
「だって好きだったからよぉ~」 
「プッ! ……で、どうしたんスかっ!?」 
「いや、その時もカコちゃんが就職したっていう、郡山駅前にあった『モード・エ・ジャコモ』っていう女性モノのバッグや靴を扱っている店まで行って、彼女の写真を何枚か撮ってるんだよな」
「てか、よく今も覚えてますねえ。そのモード何とかっていう店名を……。で、カコちゃんを写真に収めた後、告ったんスか!?」
「いや、そのまま自分の車に乗って帰ってきた」 
「な、何で!?」 
「いや、告白しなかった理由は覚えてねえんだけどさぁ」 
「だって、そのために郡山まで行ったんでしょ!? バカなんスかっ、三村さんは?」 
 思わずムキになるオレ。 
「だってさぁ……」 
「だっても明後日もないですよっ。何で告んなかった理由を覚えてないんスか!?」 
「しょうがねえだろうよっ。今から45年も前のことなんだから、そんなこと覚えてねえよっ!」 

 それから数ヵ月が経った去年の暮れ。その直前に自分の彼女と北海道旅行に行っていた三村さんは、その旅行中に彼女と大ゲンカをし、とうとう別れてしまったのである。 
「もう会わなくていいんスか、三村さん?」 
「いや、もう何の未練も無いよ。っていうか、いつも急に怒り出して、ホントに訳わかんない女なんだよ」 
「そ、そうなんスか……」
「あ~あ、カコちゃんに会いてえなぁ~。でも、最後に会ってから45年も経ってるんだもんな。考えてみりゃ、俺と同い歳の67になってるわけだから、下手すりゃ死んじゃってるかもしれねえしな。ああ、カコちゃん……」

 で、年が明けても三村さんは頻繁にカコちゃんに対する想いを口にするようになった。いや、そればかりではなく、ある日、プリントアウトした昔のカコちゃんの写真を何枚もまるや商店に持ってきて、それをオレに見せながら「なっ、カコちゃん可愛いだろ? 下手すりゃ本物のモデルになれるぐらいのキュートさだろ?」なんて熱く語ってきたのである。 
 白黒写真だったが、確かに写真の中で色々な表情やポーズをとっているカコちゃんは素敵な女性だった。その上、美人によくある変に気難しい感じや、その美しさを鼻にかけてる様子も全く無く、ホントに明るいエエ女に見えた。それからも三村さんのカコちゃんに対する熱は、ますますヒートアップ。で、しまいにはカコちゃんの写真の1枚を自分のケータイの待ち受けにし、更に再び一眼レフのカメラに興味が出てきたらしく、ネットのサイトなどで、一眼レフの中古カメラを何台も買い始めたのである。 

「三村さん。そんな何台も一眼レフのカメラを買ってどうするつもりなんスか?」  
 3月に入ったある晩も、まるやのカウンターでそんなことを三村さんに尋ねてるオレ。 
「いや、万が一またカコちゃんを撮ることになったら……」 
「えっ! カコちゃんに会いに行くつもりなんスかっ!?」 
「いや、気持ちだけだよ。もう45年も前のことだし、どこにいるのかもわからねえしさ」 
 てか、この今年で68にもなるいかつい顔のオッさんの心が、いつの間にか完璧に20代の青年になっていた。更にそれから数週間後、まるやでオレと竹ちゃんが飲んでると、三村さんが現われて次のようなこと言ってきたのだ。 
「いや、今日部屋の中を整理してたら、大昔の手帳が出てきちゃってさ。それを見たら、何とカコちゃんの郡山の実家の住所が書いてあったんだよっ」 
「えっ、凄い発見じゃないっスか!」 
 そんな驚いた声を上げる竹ちゃん。 
「しかもさ、カコちゃんが昔勤めてた郡山の『モード・エ・ジャコモ』をネットで調べたら、現在も場所はちょっとだけ移動したけど、ちゃんと郡山で営業してるんだよっ」 
「じゃあ、三村さん。行きましょうよ、郡山まで。俺、車出しますから」 
 そんなセリフを真剣な表情で吐く竹ちゃん。 
「いや、行ってどうするんだよ。もし、旦那でもいたら、それこそ警察呼ばれて終わりだよっ」 
「でも、1人で生活している可能性だって……」 
「なぁ、竹ちゃん。俺もそのカコちゃんも、もう68になるんだぜ」 
「だから何なんですか! いるかいないかは確かめてみないとわからないじゃないですか!」 
「だって、もう45年も前の話なんだぜっ。親御さんだって亡くなってるだろうし、そんな家にカコちゃんが1人で住んでるわけないって!」 
「いや、住んでますよ」 
 突然のオレの言葉に目を丸くする三村さん。 
「な、何でそんなことがわかるんだよっ?」 
「いや、勘ですけど」 
「勘かいっ!」 
 が、オレも引き下がらなかった。 
「とにかく、その住所と彼女が勤めていた店に行ってみましょうよ。たとえ空振りでも、それはそれで好きだった女性がどうしてるのか確かめたってことで納得出来ますよ。仮に旦那がいても昔撮った写真を持ってきただけって言えばいいんスから!」 
 そして、そんなオレの後方支援をシッカリとしてくる竹ちゃん。  
「さて、これで決まりですね。じゃあ俺、ついでに寄る郡山市にある旨いラーメン屋なんかの情報を集めときますね」 
「お、おいっ!」 
 慌てる三村さんを更に追い詰めるオレ。 
「あっ、ラーメン屋って言ったら、その近くの山形県山形市に『ケンちゃんラーメン』っていうハンパなく話題になってるラーメン屋もあるから、そこにも行っちゃおう!」 
「お前ら、結局はそれが目的なんだろっ!!」 
「バカ言わないで下さいよっ。ホントにそれが目的だったら、オレと竹ちゃんは郡山なんかには寄らず、直で山形県にケンちゃんラーメンを食べに行って、その晩は米沢牛でも食いながら乾杯して、翌日は新潟県の方を回ってラーメンを食べながら埼玉県に帰りますよっ。それをわざわざ郡山に寄るのは、三村さんがもしも死ぬ時に、ああ、あの時にカコちゃんがどうしてるか確かめとけば良かったななんて後悔をさせないためじゃないっスかっ。オレたちの友情を何だと思ってるんスか!」 
「ぐっ! ……わ、わかったよ」 


 つーことで、オレたち3人は4月の25日と26日の2日間、泊まりで郡山に行くことになった。正直言うと、三村さんが昔憧れていたカコちゃんに会える確率は1%も無いだろうと思っていた。そう、要は気になっている相手が今どうしているかを確認するだけでも意味のあることなのだ。そして、仮にそれがわからなくても、どうしているかを自分は確かめに行ったという事実を作れば、今際の際には必ずや自分の人生に納得が出来るはずなのだ。 

 ところが、この三村というオッサンは“持ってる男”だったのである。以下、次号にて。

 

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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