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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

肥満体ユダ

 2024年11月30日。オレは12年ぶりに小説を出版した。 
 そして、2025年4月17日(木)。下北沢の「本屋B&B」のイベントスペースで出版記念トークショーが開かれることになった。この出版記念トークショーというのは、まぁ、著者のオレや編集者の新保さんなんかのトーク会があり、その後、サイン会に流れるというイベントだ。こういうイベントは久しぶりで、35年も物書きという職業をやっているのに恥ずかしい話だが何だか感無量の気分になっていた。 
 が、これということもせずにノンビリとしていたら、2週間ぐらい前に新保さんから「板谷さん、もっとXとかで出版記念トークショーの宣伝をしとかないとダメですよ。参加費で2750円も取り、しかも、開催されるのがド平日の夕方からなんで、下手したら参加者が5~6人なんてことになっちゃいますよ」というLINEが入った。 
 つーことで、オレはケンちゃんが昔作った、オレの著書名なんかが手彫りで彫られた看板が34枚あったので、それを当日のクジの景品として出し、また、ケンちゃんが昔使っていた野球のファーストミットとグローブ、あとオレの生原稿の一部なんかもそれに加えることにしたと告知。 

 で、その出版記念トークショーが開かれる前の4月10日。塚ポンの串カツ屋「まるや商店」にバイトとして入っていた、現在大学一年生の塚ポンの息子アキトにその出版記念トークショーの手伝いとして、当日オレと一緒に下北沢に行かないかと誘った。その理由は、まぁ、ケンちゃんの手彫り看板などを並べるのを手伝ってもらいたいという目的もあったが、何たってアキトは体重が130キロもあるので、とにかく皆の目を引くし、奴は高校生の頃に自分のケータイで小説を2本ぐらい書いていて、正直それがビックリするほど秀逸だった。よって、新保さんや徳間書店の加々見さんなどに顔を覚えてもらえば、将来何かの役に立つこともあるかもしれないし、とにかく出版界の雰囲気というものを少しでも味わって欲しかったのだ。 
 ちなみに、そのトークショーの最後の秘密兵器には、オレはハッチャキというカラオケ男を用意していた。この男は、今までもオレの結婚式やサイン会の時にも大音響で会場でカラオケを歌ってくれていて、しかも、確実に笑いが取れる男なのだ。今回もオレが歌ってくれよと頼むと、「しょうがないなぁ~」と言いながらも何やら準備を始めているらしかった。

 さて、で、その4月17日の当日。アキトから電話があり、これから板谷さんの駐車場に車で行くから、そこに入れ替わりでボクの車を停めさせてもらえませんか?と。待っているとアキトが車に乗ってきたのでオレは駐車場から自分の車を出し、そのスペースにアキトの車が入った。と、ギターケースを自分の車から出し、それをオレの車の荷台に積み込んでくるアキト。 
「なぁ、何でそんなものを積み込んでんだよ?」 
「いや、何か時間が空いたら退屈しちゃうと思うんで……」 
(はぁ?)と思ったが、まぁ、あんまり問い詰めないようにしようと思った。そう、アキトは今日、オレを手伝うために下北沢に来てくれるのだ。 
「あっ、それから自分のバンドのメンバーも板谷さんの記念トークショーを見たいって言ってるんですけど……」 
「えっ、だけどオレの車の後部席には荷物が沢山乗ってるから、もう人は乗せられねえよ」 
「じゃあ、ソイツは会場までは電車で行かせますから、会場に入ることは出来ますか?」 
「えっ……まぁ、いいよ。じゃあ、向こうでそのバンドのメンバーが来たら、オレに言えよ。そしたら店の人に頼んで入れてもらうようにするから」
「わかりました」 

 その後、ケータイで、そのバンドのメンバーらしき人物に何かを指示しているアキト。で、オレの車は出発し、予定よりも少し早い夕方6時に下北沢にある本屋B&B近くのコインパーキングに車を止め、会場入りするオレたち。そして、控え室みたいな所で新保さんや司会役の原カントさんらと軽い打ち合わせをしていると、そこにアキトが「あの、バンドのメンバーが到着したんですけど…」と。店の出入り口まで迎えに行くとナント、そこには女のコが1人立っているではないか……。 

(えっ、か、彼女がアキトのバンドのメンバーなの!?) 
ま、とにかく、店の人に一言いって、その女のコを入れてやるオレ。
その後、定員50名以上の参加者で膨れ上がるイベントスペースを見て、ホッとするオレ。そして、まずはケンちゃんの手彫り看板やグローブ、オレの手書き原稿の抽選会をやった。 
(てか、アキトの野郎はドコに行ったんだよ? 手彫り看板の陳列係として呼んだのに 
……) 

 さらにその後、脳出血で倒れたオレがリハビリを経てライターに復帰するまでとか、統合失調症や発達障害を患ってる小説のモデルとなった友達らとはどう向き合ってきたのかという話をしているうちに、アッという間にトークショーの時間も終了。残りは、ハッチャキがここで得意の替え歌を歌い、その後、オレのサイン会をやるだけとなった。ところが……、 
 突然フォークギターを抱えながら、イベントスペースの中央に現われるアキト。オレをはじめ、会場内にいる者すべてが(何だ、この猛烈なデブは?)という顔になっていた。が、アキトの中では何の迷いもなく、本日のショーがスタート。 
「はい、自分は今日、板谷さんにここに来るよう言われた塚原アキトという者ですが、これからボクも皆さんの心に爪痕を残せるよう自分で作詞、作曲をした曲をこれから歌おうと思いますので、よろしくお願いします!!」 
(おいおい、おい。だから、そんなの聞いてないって! だって、ほら、見てみろよ。すぐ後ろで本来ここで今から歌う予定のハッチャキが豆鉄砲を食らったような顔になってんじゃねえかよっ)
 ところが、会場からはアキトからの話を聞いて、大きな拍手が沸き起こっていた。そして、そのままギターを奏でながらのアキトの歌が始まったのたが、イイとか悪いとかの前に、とにかく奴は裏声なども頻繁に使って、自分の熱い気持ちを誰かに受け止めさせようとしているような気がした。で、そんな様を目の当たりにしているうちに、オレの頭の中ではいつの間にかアキトとその親の塚ポンが入れ替わっており、まるで塚ポンがヨォ~ロォ~レェ~、ヨオ~ロォ~レェイヒイ~~みたいなハワイの掛け声を頻繁に入れながら現地の歌を熱唱しているようにも聴こえ、おかしいんだか気持ち悪いんだか、とにかく複雑な気分になった。 
 で、アキトがその歌を歌った後、自動的に2番手の歌手となったハッチャキだが、この天下無敵の強心臓野郎はアキトの熱唱など全く気にせず、まるで自分が初めて歌うかのように、ニール・セダカの「カレンダー・ガール」のメロディーに乗せて、バラクーダの「日本全国酒飲み音頭」を熱唱。しかも、所々でピンクレディの「UFO!」という掛け声も入れ、も1つオマケに、まるでトークショーに集まった参加者たちに求められてるように、歌いながら会場中を握手して回ってる始末。いや、ハッチャキくん。相変わらずお見事でした。 

 で、21時50分。オレのサイン会も終わり、オレは友達の竹ちゃん、そして、アキトと、そのバンドのメンバーだという女のコも車に乗せ、皆で途中にあった立ち食いそば屋で食事を済ませてから家に帰った。
 
 そして、その翌々日のこと。竹ちゃんが仕事帰りに塚ポンのまるや商店に寄ったら、何者かに背中をドン!と肘で小突かれ振り向いてみたところ、そこにはバイト中のニヤケ顔のアキトが立っており、竹ちゃんが「どうしたんだよ?」と声を掛けると「やってやりましたよ!」との答え。で、「えっ、何を?」と訊いたところで、アキトは別のテーブルのオーダー取りに呼ばれたために、その後、竹ちゃんがアキトのケータイに「何がどうしたんだよ?」というDMを飛ばしたところ、20分後ぐらいに「一昨日、板谷さんのサイン会に連れてった女のコに告ってOKもらいやした!」という返事が。 
 で、さらにその翌日。オレもまるや商店に行って、オーダーを取りに来たアキトに「おい、アキト。お前、バンドのメンバーだって嘘ついて連れてきたあの女の子を彼女にできたんだって?」と声を掛けた途端、奴は己の唇に右手の人指し指を縦に当てがいながら「シ―――ッ!」という、まるで野良猫か何かを追っ払うような声を出し、オーダーも取らずに向こうに行ってしまったのである……。
 
 つーか、アキトくんよぉ。人が久々に開いてもらった出版記念トークショー、そこにオレはお前の将来も少し考えて手伝ってくれって声を掛けたのに、お前の頭は己が狙っていた女に自分の気持ちを歌にして聴かせるってことにしか働いてなくてさ。それでもオレは、お前に待望の彼女が出来たからって祝福の言葉を掛けたら、「シ―――ッ!」って、ワレ、このオレをどこまでナメ切れば気が済むんじゃいいいっ!! 


     アキト、KILL YOU!!

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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