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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

4度目の人生

 思い返せば今までのオレの人生、危なっかしいことばかりだった。 

 特に10~20代の若い頃は、新宿の歌舞伎町で少年ヤクザと大ゲンカしたり、友だちと一緒にシンナーを吸い、出窓の端と端に座り合って大笑いで包丁を投げ合ったこともあった。が、そんなレベルではなく、オレの人生で今までホントに死んでいても不思議じゃないことが3つあった。 

 1つ目は、今まで何度も書いてきたが、41歳の時の2006年6月8日に患った脳出血だ。寝室で倒れてから約5時間後に救急車で病院に運ばれ、脳の血管が切れてからそれだけ時間が経つと生存する確率もかなり低くなると言われてる中、それでもオレは何とか命は取り留めた。が、約2ヵ月間意識と記憶を失っている間、オレは髄膜炎、水頭症というタチの悪い病気にもかかり、かなり危ない状態が続いていたという。ちなみに、何でオレは脳出血を患ったかというと、まずは不摂生な生活と体重が120キロ以上にもなっていた肥満症で、それだけでも頭の血管が細くなっているところに加えて、1日5箱のタバコのチェーンスモーキングで更に血管は縮み上がり、遂にはその一部がバツン!!と破裂してしまったという訳だ。 

 その後、オレの意識は幸運にも回復し、更に奇跡的にも今もこうして文章を書いて生活してるのだが、そうなれたのも、自分は癌を患いその余命宣告期間が過ぎていたにも関わらず、執念でオレを見舞い続けたオフクロのお陰だと思っている。ホント、あんがとな、オフクロ。 

 さて、2つ目の大ピンチは、オレが45歳の時の2010年5月7日に起こした交通事故だ。この前日、オレは1時間しか寝ておらず、そんな状況下で家族や友だちを車に乗せて山梨県中巨摩郡にある、友だちの祖母が経営してる竹の子掘り&竹の子料理が食べられる施設を訪れたのだ。その食事を終えた時点で、オレは濃い睡魔に襲われていた。が、更にその後、その施設から車で20分ほど山を上がったところにある温泉に入浴。で、ヤバいと思いながらも、その後、その山を下りた静岡県にある富士宮やきそば屋で食事をしようということでハンドルを握っていると、さらに特濃の睡魔がオレを襲ってきた。で、運転を誰かに代わってもらうことも考えたが、助手席にいた元嫁はグーグーいびきをかいてるし、後部座席にいる後輩はペーパードライバーだし、まぁ、今まで居寝り運転をしたことなど1度も無かったので、よし、あと少しの我慢だと気合いを入れたのだが 

   バキャンンンンン~~~~~~~~~!!

 もの凄い衝撃で我に返ると、オレが運転していた車はクネクネした下り坂の左手にある岩の壁面に激突していた。そして、そのままオレの車はプ~~~~~~ッ!というクラクションを響かせたまま、反対側の車線に向かってゆっくりとバックし、その少し高くなっている歩道に乗り上げたところでようやく止まった。ボ――っとしていると、オレの後ろを走っていた車から先輩が走ってきて「大丈夫かっ、コーちゃん!?」という声。ところがオレの車の全エアバックは開いてるし、助手席の元嫁は自分の胸を押さえて唸ってるわ、後部座席の後輩はメガネのガラスで目の上を切って血を流していた。そして、最も印象的だったのがオレの小学校3年になる息子で、幸福にもケガはしてないみたいだったが、両腕を突き出しながら「これは現実なのかっ、夢なのかあああああっ!!」と絶叫していたのである。 

 で、車内の奴らはそんな感じだったのに、運転席のオレだけは何ともないのだ。そう、ホントにかすり傷ひとつなかったのだ。ちなみに、その時の廃車になって戻ってきたオレの車がコレである。 

 

  どう見ても1~2人は死んでる、いや、死んでなくても大怪我をしてるに違いない残骸である。が、結局この事故で大怪我をした者はおらず、またしてもオレは死にぞこなってしまったのだ。

 さてさて、そして最後に牙を剥いてきたのが、オレが46歳の時の2011年3月11日午後2時46分に発生した、あの東日本大震災である。その日、オレは雑誌のダイエット企画のために、週に2回のペースで池袋にあるホットヨガ教室に通っていた。そして、昼の12時ごろにその日の授業が終わり、シャワーを浴びて首都高速から中央道に乗り継いで立川市にある自宅へと向かっていた。ふと、ハンドルを握りながら(あ、ちょうどコーンスープや台所のふきんも無くなったことだし、このまま多摩境にある『コストコ』にでも寄ってくか)と思った。そして、国立府中インターで中央高速を下りると、そのまま町田方面に向かおうとしたが(いや、コストコに行くにしても、とりあえずヨガをやって腹が減ったから、一回家で昼メシを食ってから行こう)と思って、ハンドルを立川方面に切ったのである。 

 そして、家でインスタント麺を作って食べたら急に眠くなり、そのまま自分の部屋のソファで昼寝をしてしまった。で、目が覚めて時計を見ると、もう午後の2時を過ぎていたのでコストコに行くのをやめて原稿を書いていたところ、ハンパじゃなく大きい地震が突然襲ってきたのである。そして、揺れが止まった後、慌てて1階に下りてTVを点けたところ、どうやらこの地震の震源地は宮城県沖で、太平洋側の東北地方に大きな被害が出ているという。 

と、またもや東北地方に連動する形でオレの家がある関東地方にも大きな地震がっ……。そして、少し経ってから再びTVの画面を見たら、今度は東北地方各所の沢山の船が津波とともに海から町の方に向かって次々と流されている光景が……。そして、その後で再びTVを見ると地震の被害は東京でも少し出ており、あろうことか、オレがさっき行こうとしていた多摩境のコストコ、その立体駐車場スロープの建物本体とその駐車場スロープを繋ぐ部分が崩落し、走行中の車がその下敷きに。そして、最終的には2人が死亡、6人が負傷したという。 

 おい、その事故が起きた時刻って午後の2時46分ごろってことは、ホットヨガ教室から直接コストコに向かってたら、オレの車も多分………。ゾクゾクゾク!!

 

 つーことで、以上3つの大ピンチからオレは何とか助かり、そして今、4度目の人生を生きているのである。……さ、1人カラオケにでも行ってこよぉ~っと! 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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