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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

幸福論

 正直、最近あんまり金は無いけど幸せだ。
 10年ぐらい前の、とにかく掃いて捨てるほど仕事があった頃に比べても20倍は幸せだ。そう、人間というものは時間的な余裕が無くなると、とにかくちょっとの間に無駄金を使うようになり、頭の中ではオレはそのへんにいる奴らよりは何倍も稼いでるんだ、人生のエリートなんだ、なんてことをいつも思うようになる。もちろん、1週間に1日や2日はゆっくり遊びたいが、そんな時間はドコにもなく、そのストレスを強引に埋めるために無駄使いを繰り返したり、時には無茶なSEXをして、その時だけはいい気になったりする。
 で、オレの場合、そんな生活を7~8年続けていたら脳の血管がブッツリと切れちゃってさ。以後、その後遺症と闘いながらもノンビリと文章を書いてきたんだけどね。いや、土・日になると毎週のようにドコかの温泉に行ったり、また新しい友だちなんかも出来て、その人たちと色々な所に遠足に行ったりして、また、これが忙しい時にはいくら払っても味わえないような愉快さに溢れててさ。正直、この4~5年間は、また10代の時とは全然違った青春時代を味わいまくりでしたよ。
 そう、つまり、人間っつーのは、必要最低限のお金がある場合、次に何があると幸せになるかっていうと、ボキの場合は“時間的な余裕”だったんですな。そして、さらに欲張って言えば現在、オレを更に幸せにしてることがもう1つあってさ。

 今から4年近く前、オレは香川県にうどんを食いに行く旅行に出て、そこで合田くんって男と知り合ったんだけどさ。とにかくコイツはオレに対して優しい奴で、香川に行くと色々と気を遣ってくれてね。美味しいうどん屋の案内は勿論のこと、四国の各名所のことなんかもそれまでは自分も行ったことないのに色々と調べてくれてさ。しかも、2ねんぐらい前から西武ライオンズファンのオレに付き合う形で、合田くんも西武ファンになっちゃってね。

 ちなみに、つい10日前ぐらいまで、オレは、またうどんを食いに1週間ぐらい香川県に滞在してたんだけどさ。その時、いつものように行動を共にしていた合田くんがこんなことを言ってきたんですよ。
「ゲッツさん。去年取ったサインボールは、ホントに無名選手のだったんスかねぇ~?」
 ちなみに、この香川旅行の数ヶ月前に、オレはツイッターに昨シーズンの西武戦ホーム最終試合でグランドから観客席に投げ入れられた直筆サインボール、それを幸運にもやっと自分自身の手でキャッチすることが出来たと書いた。で、最初そのボールには「32」という背番号がサインの脇に書かれていたので、あの西武のクリーンナップを打つ浅村選手のだと思って大喜びした。が、その数字をよくよく見てみると、32の2の数字のスグ脇にカタカナの「ノ」のような棒が書き足されており、早い話が背番号が「34」の選手のだったのだ。
 で、選手名鑑で、その「34番」を後に調べたところ、その選手は同年に契約を破棄された全くの無名選手だということが発覚。そしてオレは、そのことも後にツイッターに書き、せっかく初めて選手が投げたサインボールをキャッチできたと思ったら、その選手はその年で契約破棄になった人だったと悔しがったのである。

「うん、だって、よく見たら明らかに背番号が34だったから、ホントに無名の選手のだったんだよ」
「ホントにそうですかね……」
「え、何が?」
「いや、あの後、自分は西武の各サインをネットで調べたら、浅沼選手のサインの背番号の「32」番って、2の脇にカタカナのノの字が入ってるパターンが多く見られるんスよっ。だから、ひょっとするとゲッツさんが取ったのって……」
「いや、合田くん。もういいよ。また今度スター選手のサインボールをキャッチするからさ」

 そう、オレはそのことに関しては、もうどうでもよくなってた。合田くんのこだわりはわかるが、そんなことよりその時は、とにかく一軒でも多くの旨い讃岐うどん屋を回りたかったのだ。そして、その香川旅行から帰ってきた際、オレの車の後部座席に少しクシャクシャになった紙が1枚落ちていたのでソレを手に取ってみると、それは浅村選手のサインを紹介したページがプリントアウトされた紙だったのである。
 そのサインとオレが持っている直筆サインボールを見比べてみると、その2つは同じものだった。その背番号32番の左に書かれている名前のサインもほぼ同じだったので、疑う余地は無かった。
『合田くんが調べてくれたサインとオレが持ってるボールのサインを比べた結果、あのサインボールは間違いなく浅村選手のだったよ。ありがとう!』
 オレはスグにそんなメールを合田くんに送った。すると、1時間もしないうちに次のようなメールが返ってきた。
『それは良かったです。おめでとうございます。またサインボールをキャッチした際、誰のかわからなかったら連絡ください。すぐに調べますよ(笑)』


 つーことで、今のボキはホントに幸せです♥

 

オレがキャッチした直筆サインボールと、合田くんが残していてくれ
た資料。これにより同ボールに書かれてるサインが浅村選手のも
のとわかった。ちなみに、この年の西武の34番の選手は今はオリッ
クスの打撃投手をやってるみたいっス。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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