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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

元ヤンはつらいよ

 オレの友達に隣の八王子市に住んでいる、10コ下のシンヤくんがいる。
 彼については、このコラムでも何度か書いたことがあるが、オレと同じく元ヤンで、若い頃はホントに好き勝手に時を過ごしていた。で、高校を卒業したシンヤくんは早々に結婚に失敗し、が、型枠大工の仕事を必死で頑張り、その後、再婚して今の素敵な嫁と3人の子供を作った。そして、それと並行して型枠大工の仕事も波に乗り、遂には30代で地元、八王子に白亜の豪邸を建ててしまったのである。そう、普通に考えれば、ちょっとしたサクセスストーリーだ。
 ところが、間もなくして契約していた他所の会社が潰れた煽りをモロに受け、気がつけば借金が7000万円。止む無くシンヤくんは破産宣告をし、そして必死に再就職先を探していた時に声を掛けてきたのが、以前このコラムにも記したがオレの旧友のキャームだった。
 ま、その時にシンヤくんが味わったエピソードは以前も書いたので省略するが、その後、シンヤくんは嫁と共に他所の会社で働き続け、現在もマンションに暮らしながら必死に3人の子供を育てているのだ。そんなシンヤくんが今も自慢にしているのが、腕力と長女だった。昔から力仕事に従事していたシンヤくんは、腕力がホントに強く、彼より体重が30キロも重いオレが腕相撲の勝負をしてみたところ、これが全然勝てないのである。また、シンヤくんの長女はオレのガキと同い年の現在18歳で、両親のこともよく助けている非常に良い娘で、シンヤくんも彼女のことが可愛くて仕方がない様子なのだ。そして、少し前にお互いの子供についてシンヤくんと話したところ、「まぁ、好きな道に進んでくれればいいっス」と言った後、
「でも今、変な男をウチに連れてきたら、自分その男をメタメタにブッ飛ばしちゃうと思います」という親バカ発言をしていたのである。

 ちなみに、腕力自慢のシンヤくんでも1人、絶対に勝てない男がいた。その男とはオレが「ワルボロ」という原作を書き、その「ワルボロ」を東映で映画化する時にプロデューサーになった菅谷さんという人で、元々は北海道の函館でラグビー少年だった彼は、高校を卒業と同時にラグビー推薦で中央大学に入って、ソコでみっちりと体を鍛えまくったため、もう冗談抜きでプロレスラーのような体をしているのだ。で、オレを介して知り合ったシンヤくんと菅谷さんが、ある日、ひょんなことからどっちが腕力が強いのかという話になり、もちろんシンヤくんは「いや、俺が菅谷さんに勝てるわけがないじゃないですかぁ~」とは言っていたものの、瞳の奥にはチラチラと自信の炎が燃えていたのである。その後、2人はオレの友達の塚ポンの串カツ屋のテーブルに向かい合って座り、遂に本気の勝負を始めた。結果は超楽勝とまではいかなかったが、やはりラグビーをやっていた身長181センチ、体重100キロ超の菅谷さんの勝ち。そして、それから数カ月後にウチに遊びに来たシンヤくんは、こっそりと次の一言を吐いたのである。
「今、仕事から帰ってきたら自宅でダンベルを上げてるんですよ、次に菅谷さんと腕相撲をやって勝つために(笑)」
 そう、やっぱりシンヤくんは元ヤンで、腕力に対して菅谷さんに負け続けるのは、どうしてもガマンできなかったのだ。もう1つ元ヤン的なことを言えば、菅谷さんは年齢的にはオレの15コ下で、ということはシンヤくんよりも更に5つ年下になるのだ。で、オレがなんでそんな菅谷さんのことを「さん」付けで呼んでいるかというと、実は「ワルボロ」を東映で撮影している時にオレは脳出血を患ってしまって、その際に菅谷さんには筆舌に尽くしがたいほどのお世話になってしまったのだ。それ以来、オレは彼のことを尊敬して菅谷さんと呼んでいて、なのでオレの後輩のシンヤくんもオレが「菅谷さん」と呼んでいるのに「菅谷くん」とは呼べず、その結果、彼も「菅谷さん」と呼んでいるのである。が、シンヤくんの中には、自分よりも5つも年下の男を「さん」付けで呼んでいるという、どこか気恥ずかしさみたいなものもあるだろうし、その相手にいつまでも自慢の腕相撲を負け続けてるとなると、ハッキリ言っちゃえば立つ瀬がなくなるのだ。

 数カ月後。オレは菅谷さんとジムに通っていた。そう、月に1~2度、菅谷さんは土日になるとオレが通い始めた立川市のジムまで来て、自分のトレーニングは勿論のこと、オレにスパルタ指導をするようになっていた。そして、その筋トレが終わり、2人で隣の昭島市でラーメンを食べている時にオレは不用意に菅谷さんにある事を喋ってしまったのである。
「そう言えば何ヵ月も前から、シンヤくんが菅谷さんに腕相撲で勝つために特別トレーニングをしてるみたいっスよ(笑)」
 次の瞬間、菅谷さんの目が妖しく光った。そして、それから2ヵ月後にオレの通ってるジムに、オレ、菅谷さん、シンヤくんが揃っていた。
「はい、じゃあ板谷さん。まずはチェストプレスいきましょう!」
 そう言って、オレを大胸筋を鍛えるマシーンのイスに座らせ、ウエイトを75キロにセットする菅谷さん。そして、4、5、6回と徐々にプレスするスピードが落ちてくると、すかさず菅谷さんの声が飛んでくる。
「はい、キレてるよっ。はい、あとラスト2回! いいよっ、胸筋がはち切れそうだよ!!」
 で、ようやくオレが8回目のプレスをやり終えると、
「はい、じゃあ次はシンヤさん!」
 そう言って、シンヤくんをチェストプレスマシンのイスに座らせる菅谷さん。そして慢心の力を込めてシンヤくんがバーをプレスしようとしたのだが、
「あ、あれっ。おかしいな。ぐっ……ヤバ、全然動かないぞ、これ!?」
 オレがプレスしていたバーがまったく動かず、焦りまくるシンヤくん。すると……、
「はい、どいて!!」
 そう言ってシンヤくんをイスからどかすと、ウエイトをこのジム最高値の90キロにセットし、もの凄い勢いでプレスを始める菅谷さん。そして、ア然とした目でソレを眺めるシンヤくん。で、菅谷さんは全9種目をこの方法で繰り返し、それが終わった時にはシンヤくんが完全なダメな捨て子の顔になっていた。
 そう、つまり菅谷さんは2種類のショック、それをシンヤくんに与え続けたのである。1つ目のショックは、自分よりも力が弱いと思っていたオレが動かしていたマシンがシンヤくんにはピクリとも動かせず、それに呆然としていると今度はその倍近くの、このジムの最高値の重さを菅谷さんが難なくこなすのだ。それを9回繰り返されたのである……。

 それから1ヶ月ほどして、シンヤくんのツイッターに衝撃的な写真が載っていた。
 シンヤくんのマンションの居間、そこに仲良く並んで腹ばいに寝転びながらTVを観ているシンヤくんの長女と、その彼氏らしい茶髪の男が写っていたのだ。オレはスグにシンヤくんに電話を入れてみた。そう、少し前に長女に彼氏みたいな男ができて、時々夜遅くなると長女を車でマンションまで送ってくるという。もちろん、シンヤくんは気が気じゃなかったが、とはいえ娘には何も言えず、最近では針のむしろに座っているような気分で過ごしている。その状態が少し前だったのに、今はその彼氏が堂々とマンションにまで上がり込んできて、皆のいる居間で並んで寝転んでいるのである。そして、その状況をシンヤくんは写真に撮り、自分のツイッターに載せているのだ。そりゃオレだって、どういうことか知りたくなるのが当たり前である。
「てか、ちゃんとした男なの? シンヤくんの長女の彼氏は?」
『いや、チャラいっス、メチャメチャ』
「おい……。じゃあ、何でそんな男を家にまで上がらしてんだよっ?」
『いや、実は嫁に言われたんスよ。俺が娘に文句言おうとしたら、腕を引っ張られて隣の部屋に連れていかれましてね。娘に文句言いたいのはわかるけど、じゃあ、アンタが18歳の時は何やってたのよっ? もっとメチャメチャだったでしょ!って。……そう言われたら何も返せなくなっちゃって』
「うう、確かに………」
 それから更に数週間後。埼玉西武メットライフドームにライオンズ戦を見に行った後で塚ポンの串カツ屋に寄ると、不意にその塚ポンが串カツを揚げながら次のようなことを話してきたのである。
「そう言えば板谷さん、昨日、シンヤさんのツイッター見ました?」
「えっ、見てないけど……」
「なんかシンヤさんのマンションの風呂に、シンヤさんの長女と彼氏が一緒に入ったらしいですよ」
 そう言って、思わず笑い出す塚ポン。
「マ、マジで……!?」
「なんか昨夜はシンヤさんの娘や息子の友達が沢山遊びに来てて、その殆どが泊まるっていうから、シンヤさんが冗談で長女とその彼氏に『じゃあ、お前ら一緒にサッサと風呂入っちゃえよ』って言ったら『はーい!』って返事して、そのまま入っちゃったらしいんですよね、プハッハッハッハッ!!
(ま、まさに生き地獄やな………)
 そう思ったオレは、シンヤくんに『自宅で自分の娘と彼氏が堂々と入浴……。地獄の3丁目やね』というLINEを送った。すると2分後、次のようなLINEが返ってきた。
『板谷さん……。最近、娘に対する意識が変わりました。もう、生きてりゃいいです。』
 現在、シンヤくんの長女は2年間で授業料が400万円もかかるデザイン系の専門学校に通っている。よって、最近のシンヤくんは月に2~3日しか休みを取らず働き続けているのだ。

 シンヤくん。元ヤンって辛いなぁ……………。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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