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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

1%もない確率(後編)

 2026年4月25日の土曜日。 
朝7時に埼玉県富士見市から福島県郡山市に向けて出発する三村さん、オレ、竹ちゃんの3名。外環の和光北インターから高速に乗った竹ちゃんが運転するクラウンは、そのままスイスイと進み、8時前には東北自動車道に入っていた。 

「あ、ちなみに、郡山市に着いたら、まずはカコちゃんが昔勤めていた、え~とぉ、何でしたっけ……モード何とかっていう靴屋に行けばいいんスかね?」
「モード・エ・ジャコモだよっ。いい加減覚えろよ」 
「そんな北欧の幅跳びチャンピオンみたいな名前を簡単に覚えられるわけないじゃないっスか!」 
 車の後部席で1人ゆったりしている三村さんに噛み付くオレ。 
「まず1番始めに行くのは、俺の手帳に書いてあったカコちゃんの実家の住所だな」 
「え、でも、最初に、そのモード何とかに行った方が……」 
「いや、もうその店には勤めてねえだろうし、今、その店で働いてる店員に訊いたって多分、そんな大昔に働いてた店員のことなんて絶対知らねーだろうしさ」 
「でも、そんなこと言ったら、そのカコちゃんの実家の住所だって怪しいもんですよ。なんたって45年も前の住所なんでしょ? そこに今も家が建ってるかどうかも……」 
「いや、それがな」 
 オレの言葉を途中で止める三村さん。 
「ほら、ネットのグーグル何とかで、その住所を打ち込んでみたんだよ。そしたら、ちゃんと一軒家が建っててな。表札を見ようとしたんだけど、その部分はネットでも見れるようになると色々問題が起こるらしくって、ぼやかされてるんだよ」 
「ちなみに、そのカゴちゃんの苗字って何っていうんですか?」 
 運転しながらも、そんなことを三村さんに訊いてくる竹ちゃん。 
「Sだよ」 
「じゃあ、その家に行って、表札にそのSって書かれてたら、カコちゃんに会える確率がグッと高まりますねえ!」 
「いやいや、普通に考えたら、多分結婚してるだろうから、その家からはとっくの昔にいなくなってるだろうし、御両親だって、もう死んじゃってるだろうしさ」 
「じゃあ、今、その家には誰が住んでるんですかっ?」 
 思わずムキになって、三村さんにそう尋ねる竹ちゃん。 
「いや、だからよ、多分全然違う奴が住んでるんだよ。だからカコちゃんとは会えなくて当然なんだよ」 
「いや、そんなつまらないこと言わないで下さいよっ!」 
 再び三村さんに噛み付くオレ。 
「いや、だから、とにかくその住所に行って、表札にSって苗字が書いてなかったら、その後で『モード・エ・ジャコモ』に行っても多分、何の手がかりも掴めないだろうからよ。だから、とにかくその表札だけ確認してダメだったら、もうゲッちゃんが行きたがってる山形のラーメン屋だとか、米沢牛が食べられるレストランとかに向かっちゃおうぜ」 
 確かに三村さんの言う通りだと思った。遠くに引っ越してしまった、45年も会ってない昔の同級生。そんな人とは同窓会でもない限りは、会えないのが普通である。ま、探偵でも雇えば話は別だが、今回の旅行中に三村さんとカコちゃんが会える確率は、冷静に考えてみれば1%もないのである。でも、それでいいのだ。自分が気になっている人物。その人物が今は何をして暮らしているのか? また万一自分が告ったら……ってことを実行もしないで、そのままメソメソ考えてるだけの人生を送ってしまった場合、前にも書いたが、今際の際には絶対後悔するはずなのだ。 
 ちなみに、今から2年前。竹ちゃんも20年前に、ある事情があって別れてしまった彼女のことがどうしても忘れられず、その女性の住所はわかっていたために、求愛の手紙を書いて送ったのである。が、彼女からの返信はなく、彼は大いにショックを受けていた。が、すぐに竹ちゃんは気になることを1つ消すことが出来たということで、元カノに求愛の手紙を送ったことは後悔してないというか、むしろ良かったと思うようになったとのこと。つまり、オレは何が言いたいのかと言うと、とにかく三村さんは45年前にカコちゃんから教えてもらった、その当時の彼女の住所に行くことが大切なのである。

 
「よしっ、車はここの道路脇に止めて、三村さんが教えてもらった住所には歩いて向かいましょう」 
 午前9時50分。三村さんが教えてもらった住所、その近くにクラウンを止め、自分のケータイに打ち込んだカコちゃんの家を目指す竹ちゃん。が……、
「おかしいっスねぇ……。俺のケータイに出ている住所には、家は建ってませんねぇ」 
 そう言って首をひねりながら辺りを見回す竹ちゃん。 
「車のカーナビの方に出てる住所も同じ場所なのか、ちょっと確認してきますね」 
 そう言って自分のクラウンに戻る竹ちゃん。 
「ケータイに表示される地図とカーナビの地図がズレてることなんてあるんスかね?」 
 思わず隣を歩いている三村さんにそんな質問をするオレ。 
「う、うん。確かに東北地方は、まだ寒いな……」 
(ダメだ。三村さん、少し前からド緊張してて、周りの状況が何一つわかってない) 
 そして、3分後……。 
「ああ、三村さんが教えてもらった住所は、その横の道を入って50メートルぐらい進んだ、どんつきの角の家ですよ」 
 自分のクラウンのカーナビ画面をシッカリ確認し、そんなセリフを吐きながら車から降りてくる竹ちゃん。そして、オレも竹ちゃんと並んで歩き、そのどんつきにある家の表札を見てみたのだが。 
「高野か……。違うな」 
 そう言いながら、オレたちの後ろをついてきている三村さんの方を見る竹ちゃん。 
「もう行こう。やっぱり45年も経ってちゃ無理なんだよ」 
「ええっ、もう諦めちゃうんスか?」 
 早くも白旗を振る三村さんに厳しい声を飛ばすオレ。 
「だ、だって、もう調べようがないじゃん」 
「いや、この家の人に聞きましょうよ。この家は誰かから買ったんですか?とか」 
「そ、そこまでやることはないよ。もう行こうぜっ。もうホントにいいよ」 
 オレと三村さんの間で、そんな小競り合いが起こっていた時だった。 
「一応、こちらの隣の家の表札も見てみましょうか」 
 そう言って、高野という表札が出てる家、そのすぐ右隣の家の方に歩みを進める竹ちゃん。 
「あ、この家には表礼が無いや。ここにあるのは郵便ポストだしなぁ……。えっ……あれっ!?」 
 竹ちゃんの声のトーンが急に上がった。 
「三村さん。カコちゃんの苗字って何でしたっけ!?」 
「えっ、だからSだよ」 
「ビンゴ!! この郵便ポストの表面にSって書かれた小さいシールが貼ってありますよっ!」 
「ウソだろっ、おい!」 
 竹ちゃんが立つ、その隣の家の銀色のポストのところに慌てて歩み寄る三村さん。 
「ホ、ホントだ……。ど、そうするよっ、おい」 
「どうするもこうするも、ドアをノックするしかないじゃないっスか」 
 オレはそう言ったものの、心の中で早くも暗雲が立ち込めてるのがわかった。てか、その2階建の家、それに人が住んでいるという生気が感じられないのである。2階に見えるどの窓にも厚いカーテンが引かれ、勿論1階の各窓もカーテンが引かれてるか、何かの荷物のようなもので外からは内部が全く見えなくなっていた。 
(ん? 玄関のドアの脇に何か貼ってあるぞ……)
 その貼紙に気がつき、目を凝らして読んでみたところ、次のようなことが書かれていた。 
『ベル使用不可です。声かけ願います』 
 さらに良く見ると、その紙が貼られている下にも何かが書かれている紙のボードがあるのがわかった。 
(え~いっ、ままよ!)
 オレは銀色のポストが掛かっている簡易的な門から中へ入ると、玄関脇の貼り紙をめくり、その下に書かれている文字を読んだ。 
『訪問頂いた方へ。申し訳ありませんが、体調が悪く寝ています』


「いや、ゲッちゃん、もう帰ろうよ……」 
 その2枚の貼り紙、そして、カーテンなどで全ての窓が塞がっている家を目の当たりにして、そんなセリフを吐く三村さん。 
「え、中にカコちゃんがいるかどうか確かめないんスか?」 
「いや、もしいたって体調だってかなり悪いみたいだし、そんなところに無理矢理訪れたってよ」 
「でも、せっかくここまで来たんだから、玄関のドアだけでもノックしたらどうですか? もしこのまま帰ったら、それこそ一生後悔すると思いますよ」 
「でもよぉ…………」 
 そう言いながらもゆっくりと玄関のドアの前まで進み、そのドアを何回か静かにノックする三村さん。が、中からの反応は皆無だった。
「板谷さん、ちょっと」 
 不意に少し離れたところにいる竹ちゃんに呼ばれるオレ。で、オレが彼がいる家の側面に向かって歩いていくと、 
「ほら、板谷さん。ここにこの家の電気メーターがあるんですけど、こうして確実に動いてるんですよ。だから誰かは今も住んでますよ」
 そう言ってオレの顔を見る竹ちゃん。 
「確かにな。玄関脇にある貼り紙もそんなに古い紙じゃないし」
 そうは言ってみたものの、やはりこの家を全体的に見てみると、どうしても人が住んでいる感じではないのだ。てか、つい数カ月前までは住んでいたが、その後、この家の住人は貼り紙から察するに、病院に入院してるのではないだろうか。 
「ゲッちゃん。もういいよ、帰ろう……」 
 再びそんな声を掛けてくる三村さん。 
「いや、でも……」 
「もういいよ。飯でも食いに行こう」 
 そう言うと、20~30メートルほど離れた竹ちゃんのクラウンの方に歩き始める三村さん。 
(最後に隣の家の人に、この家に住んでる人のことを聞いてみるって手もあるよな……) 
 オレはそう思い、隣の家の方に歩きかけた時だった。不意に一台の白い軽自動車がオレが立ってるSと書かれた小さなシールが郵便ポストに貼られた家の方にゆっくりと近づいてきた。 
(えっ……)
 そして、その軽自動車は郵便ポストのすぐ手前で止まると、少ししてその運転席から40代くらいの女の人が降りてきたのである。 
「あ、あの……この家に住んでる方とお知り合いの方ですか?」
 気がつくと夢中でそんな声を掛けていた。 
「ええ、私はSさんとは以前同じ職場で働いていた者ですけど…………で、あなたは?」 
「ああ、すいませんっ。実は一緒にココに来たオレの先輩がSさんと中学の時の同級生で、実は昔、Sさんの写真を沢山撮ったんで、それを渡しに来たんですけど……あ、あの、Sさんって今、この家にいますかね?」 
「ああ、いると思いますよ。今、ちょっとケータイに電話してみますね」 
(おいいいっ、会えるぞ!! 三村さん、45年ぶりにカコちゃんと会えるぞ!!)
 横隔膜あたりから湧き上がってくる興奮、それを必死で抑えながら「三村さぁ~ん! カコちゃんの写真持ってきてぇ~~~!」と叫ぶオレ。そして、それからの一連の流れは丸でドラマでも観ているような感じだった。 
 ケータイで会話をした後、その人物をオレたちの隣で待つ軽自動車を運転していた女性。カコちゃんの昔の写真が入った紙袋を懐に抱き、極度の緊張のため顔が真っ青になっている三村さん。ケータイを動画モードにし、正面の家の玄関から出てくる人を持つ竹ちゃん。そして、3分後。その玄関のドアがゆっくりと開き、中から出てくる年配の女性。その姿は頭にチューリップハットをかぶり、目には黒いサングラス、その下は白い大きなマスクで覆われていた。また、その左手には杖が握られていた。
 
「こちらの方が同級生だって」 
 オレたちの方に杖をつきながら向かってくる女性に、三村さんを手で指しながら、そう説明する軽自動車の女性。 
「えっ……誰?」 
「お、俺………三村」 
「……あああっ、三村くん!!」 
 うわあああっ、カコちゃん、ちゃんと覚えてたよっ、三村さんのこと!!
「ええ、なぜ!? なぜ!?」 
「俺もよくわからないいきさつがあってぇ……この2人とは、この2~3年の間に知り合ったんだけど」 
 そう言ってオレと竹ちゃんのことを指さす三村さん。さらに……、
「なんか昔話をしてる間にカコちゃんの話が出て」 
「あらっ、嫌だ、カコちゃんだなんで」 
 自分のことをカコちゃんと呼ばれ、急にテレたような声を上げるカコちゃん。 
「それで久々に昔の写真を整理してたら、カコちゃんの写真が色々出てきて。これなんか航空公園で撮った写真なんだけど、覚えてる?」 
 そう言いながら、紙袋の中に入ってる写真の中の1枚を見せる三村さん。 
 
「知ってる、知ってる!」 
「ああ、良かった……」
 てか、この時点で動画撮影をしながらナント、泣いている竹ちゃん。ちなみに、前述したが2年前に竹ちゃんも好きだった女性とコンタクトを取ろうとして手紙を書いたのだ。が、相手からの返信は無く、結局は煮湯を飲むような経験をしたのである。今回、三村さんはこうして奇跡的に憧れの人と会えたのだ。普通なら舌打ちの1つでもしておかしくないが、竹ちゃんは素直に感動して泣いているのだ。オレもその事実に感動して、もう少しで泣くところだった。 
 にしても、けしからんのは三村さんである。オレたちのことを紹介したのはいいが、この2~3年の間に知り合ったって、やいっ、ミムジイ! オレは今から、もう10年以上前にあんたの知り合いの飲み屋のママさんに会うために、あんたに連れられて豊島区の大塚まで行ったじゃねえかよっ。それをこの2~3年の間に知り合っただとぉ!? オレと竹ちゃんは、必要な時にしか出てきちゃいけない雑種犬かいっ!? しかも、万一カコちゃんと会えたら、また新たに彼女を自分のカメラに収めたいなんて一眼レフのカメラを持ってったはいいが、いざカコちゃんに向かってカメラを構えたら、緊張のために手首がガクガク震えちゃって、結局は1枚も撮れなかったじゃねえかよっ。恥を知れ、ミムジイ!!
 ま、それはそれとして、その後、カコちゃんが語った話によると、彼女には2人の娘がいたが、今は2人とも結婚して都内の中野に住んでいるとのこと。また、何でカコちゃんは杖をついてるかと言うと、今から 半年近く前に家の階段を踏み外し、その時に足の骨がボッキリと折れてしまい、現在はソコに金属性の補助具が入ってるらしかった。 
 にしても、またしても幸運の事実が三村さんに降り注いできたのである。細かいところはちゃんと確認したわけではないが、どうやらカコちゃんは現在は独り身という確率が果てしなく高くなっているのだ。そして、ここからは推理も交えて書くが、そんな時に家の階段から落ちて足の骨を折り、もう家や庭のことも何もやる気が起こらない時に、昔の同級生が緊張に震えながら訪ねてきたのである。 
 ちなみに、この日はオレたちはスグにカコちゃんの家を後にしたが、その翌日には三村さんからのリクエストで再び郡山のカコちゃんの家を訪れ、三村さんが途中の道の駅で買った色々なフルーツとかを渡していたのである。また、その際には、カコちゃんは帽子もサングラスもマスクもはずしており、おまけに2階の窓に引かれていたカーテンも開けられており、まるで「これが本当の私よ!」と 言ってるような感じだった。そして、最後の最後に三村さんとカコちゃんは竹ちゃんにLINEもつなげてもらい、いつでも好きな時に連絡が取れるようになったのである。 


 あれから早くも1ヵ月ちょいが経った。あと半年後ぐらいには、三村さんから“いい報告”があればいいと思っている。……しかし、1%もない確率が叶うことってホントにあるんだな。 

 

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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