ダメ地元哀歌
ちょっと前、オレはある物を渡しに弟のセージが住んでるマンションに行ってきた。
マンションがあるのは、5年前までオレやセージが住んでた東京都下の立川市、その隣町の日野市だった。そう、オレは埼玉県に引っ越してから、初めてセージの新居を訪れたのである。が、その日、マンションにいたのはセージの嫁のミカだけで、セージが仕事から帰ってくるまで待とうかとも思ったのだが、夕方の5時を過ぎると埼玉県富士見市へと向かう逆方向が混み始める。よって、オレはミカにある物を渡すと、お茶を一杯飲ませてもらってから埼玉へと帰った。
その翌日、オレのケータイにセージから電話が入った。セージはオレに昨日買った物へのお礼を言ってきた後に、次のような言葉を続けた。
『あ、それから、すっかり話すのを忘れてたんだけどさ。アニキってヤッコくんのこと知ってる?』
「え、ヤッコ? ……いや、もう何十年って会ってねえけど、ヤッコがどうしたんだよ」
ちなみに、ヤッコとはオレの私小説『ワルボロ』にも出てくる、オレがグレてた中・高生の頃に一緒にツルんでいた、いわばオレたちの不良グループのリーダー的存在の友達だった。
『いや、今年の1~2月頃に単車(バイク)のケツに乗ってたらしいんだけど、その単車がコケちゃってヤッコくんだけが死んじゃったらしいよ』
「えっ……ウ、ウソだろ、おい!!」
何ってことだと思った。ちなみに、嫁も子供もいないヤッコは3人兄弟の長男で、弟には文麻呂、妹には良美という兄弟がいたが、文麻呂は確か中学生の頃に無免で単車を運転し、電柱に激突して死んでしまったのである。つまり、ヤッコの両親も年齢を考えれば既に亡くなっている。もうあの家で残っているのは良美だけ、いや、それもちゃんと確認したわけではないが、そういうことになってしまった節が高いのだ。
その後、暫く自宅の居間のテーブルに座り、ボーっと考え事をしてると再びオレのケータイが鳴った。
『あ、さっきこれも話すのを忘れちゃったんだけどさ』
電話主は、またしてもセージだった。
「な、何だよ?」
『俺、この前、キャームくんの実家に行って、キャームくんのお兄さんに会ってきたんだよね』
「えっ……何でオマエがキャームの兄ちゃんに!?」
これもオレの私小説『ともだち』に書いた話なんだけど、オレの小学2年の頃からの幼馴染だったキャームは、55歳の時に色々な複数の病気にかかり、最後は心筋梗塞を起こして死んでしまったのである。で、セージも自分の兄貴であるオレのところにしょっちゅう遊びに来ていたキャームとは親しく話すようになっていたのだが、キャームの兄は昔、オレやキャームが入っていた暴走族の先輩で、オレや弟のキャームにも高圧的な態度を取っていたのだ。そのためオレも中学を卒業してからはキャームの兄とは殆ど親しく話したこともなく、ましてやセージもキャームの兄との交流は皆無に近かったと思う。
ところが、そんなキャームの兄は22~23歳の頃、統合失調症という難病を発症。それにより家族には色々な迷惑をかけるが、それ以外の他人に高圧的な態度を取ることは無くなって、当時そんな難病があることを知らなかったオレはビックリ。そして、2020年の6月5日。その年、オレは発達障害を患っていたキャームとは1度も会っていなかったのだが、その日、キャームが死んだことを初めて知ったのだ。そう、オレは自分の一番の幼馴染が死んだことを、キャームの家から3~4キロしか離れていない所に住んでおきながらナント、5ヵ月間も知らなかったのである。
さらにそれから1ヵ月後。オレは、ある重大なことに気がついたのだ。
1993年から2005年ぐらいまでの間、オレは、アメリカのプロバスケ組織NBAに狂ったようにハマっていて、その流れでNBAのスポーツカードを収集することにも熱くなっていた。特にオレがこだわって集めていたのが当時の超スーパーアスリートのマイケル・ジョーダンのカードで、その収集のために2年間で350万円ぐらいの金を使っていた。
ある日、いつも通ってるスポーツカード屋に行くと、その店の店主がジョーダンのカードの中でも最も貴重なルーキーカード、しかも、無傷なのは勿論のこと、センターリングまでバッチリなカードが入ってきて、いつもお世話になっている板谷さんなら特別にそのルーキーカードを14万円でお売りしてもいいと言ってきたのである。で、実際にそのカードを見せてもらうと、なるほどアメリカで最高のコンディションをジェムミント10と言うのだが、そのカードは悪く見積もっても9.5以上は付くカードだった。
オレは爆裂に迷った。迷ったけど実はその1ヵ月前、オレはNBAのスポーツカードを買うために台湾に行っており、そこで既に30万円近くを散財していたのである。で、考えた末、その頃オレの影響を受けて同じくバスケカードを集め始めていたキャーム、奴にそのジョーダンのルーキーカードの話をしたところ、ホントその翌日に1枚で14万円もするルーキーカードを 何の迷いもなく買ってしまったのである。
で、そのカードと、その他にも結構高い価値が付いているだろう数十枚のバスケカードが、亡くなったキャームの机の引き出しの奥に収納されたままなのだ。オレは、そのことをキャームの兄に伝えようと思った。が、と同時に、あることも思い出していた。生前のキャームにオレは「市役所に申請すれば、キャームの兄ちゃんは毎月障害者年金を貰えるようになるぜ」と言ったことがある。ところが、キャームは「いや、アイツは精神病以前に、元々怠け者だから金なんか入ってくるってわかったら、それこそ全く働かなくなっちまうよ。俺はアイツのために、そんなことをしてやるつもりは1ミリも無え!」といった言葉を返してきたのだ。そう、亡くなる10年ぐらい前から兄とは仲が悪かったキャームは、自分が死んでもそんなブレーキをかけてきたのである。
さらに翌年の2021年。バスケカード界にとんでもないニュースが流れた。アメリカでジェムミント10のマイケル・ジョーダンのルーキーカードがナント、1枚7700万円で落札されたというのだ。
ま、これはいかにもアメリカらしい出来事で、つまり、何かの事業で大成功してる奴が、さらに目立とうと、そんなバカみたいな値段でジョーダンのカードを落札してみせたのである。が、まぁ、その落札劇は特別だとしても、ジョーダン人気は彼が引退してから20年以上も経つが全く衰えてないどころか、日本でもますます人気が上がっているので、オレは楽天市場でジョーダンのルーキーカードがいくらぐらいで取り引きされてるのかを調べてみた。すると6.5点の状態のカードが140万円。7.5点が157万円。8.5点が347万円。9点が522万円と載っていた。で、これで考えるとキャームが持っているルーキーカードは、ほぼ減点箇所が無い9.5点ぐらい、安く見積もっても600万円ぐらいの価値があることになる。しかも、それを大切に持っていれば、その値はマイケル・ジョーダンが万引きや不純異性行為で補まったりしない限りは、天井知らずに上がっていくはずなのだ。
が、それでもオレは、キャームの兄にそれを伝えには行かなかった。なぜかと言うと、47年間の濃密な付き合いが続いたオレとキャーム。そのことは、いくらキャームの兄が難病を患らっていても、わかると思うのだ。それなのに彼はオレにキャームが死んだことを知らせてくれなかったのだ。みみっちい男だと思われるかもしれないが、オレはそれがどうしても許せなかった。
ま、というようなことがあって、現在オレが弟のセージから聞かされた、あの、『俺、この前、キャームくんの実家に行って、キャームくんのお兄さんに会ってきたんだよね』
という言葉である。
「えっ……何でオマエがキャームの兄ちゃんに!?」
『ほら、5年ぐらい前かなぁ……。アニキがキャームくんの家には全部で最低でも800万円ぐらいの価値があるバスケカードがあるって言ってたじゃん』
「えっ……オレってそんなことをお前に言ったかぁ?」
『言ってたよ、それも何度も。で、去年の8月ぐらいかなぁ~。俺、まだお線香をあげにキャームくんの実家に行ったことが無かったから、そのついでにキャームさんのお兄さんにそのバスケカードのことを教えてあげようと思ったんだよね』
「お前は何でそんな余計なことを……」
『だって、もしわかんなくて、そのカードを捨てちゃったりしたら、それこそ目も当てらんないじゃん!』
「ま、まぁな……。で、キャームの兄ちゃんは家にいたのか!?」
『うん。でも、最初チャイムを押しても全然出てこなくてさ。で、すいません、すいませんって何度もドアを叩いてたら、ようやく玄関の扉が開いたんだけどね……』
「開いてどうしたんだよっ、おい!?」
セージを急かすオレ。
『うん……。キャームくんのお兄さんが横向きで出てきてさ。奥の方の手を見たらバットみたいな物を握っててね』
「うわっ……。また何か問題を起こして、誰かに殴り込みとかかけられたんじゃねえのか?」
『わかんないけどね……。で、自分、キャームくんの友達の板谷宏一の弟ですけど!って言ったら、お兄さんもようやく握ってたバットを下ろしてさ。んで、そのままドア越しに“ウチのアニキが言ってたんですけど、キャームくんが持ってるバスケカードが結構いい値段になるみたいで……あの、バスケカードはそのまま置いてありますよねぇ? ”って聞いたんだよ』
「おう、それで!?」
『そしたら、ああ、あれなら2年前くらいに解体屋をやってる奴に全部売ったって』
「ええっ、いくらで!?」
『全部で300円だってさ。ホント、漫画みてーな話だよね……。俺、“あ、わかりましたぁ~”って言って、そのままキャームくんにお線香もあげずに帰ってきちゃったよ』
つーことで、さっきのヤッコの家の話じゃないけど、キャームの家も生き残ってるのは、そんな兄ちゃん1人だけという有り様です。現場からは以上でぇ~す。とほほ……。


『ともだち~めんどくさい奴らとのこと~』
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『そっちのゲッツじゃないって!』
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