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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

オフクロ化の恐怖

 まいった。

 最近、オレの習性が6年前に死んだオフクロに本格的に似てきた。

 いや、頑張り屋だとか、ガマン強いとか、そういうイイ面は1つも似ないのだが、皮肉なことに悪い面ばかりがメチャメチャ似てきたのだ。

 まず、性格ではないのだが、オレとオフクロが1番似てるのが「歯」である。そう、2人とも歯がメタメタ弱いのだ。オフクロは昔から歯をよく磨いていたのに、なぜか50代の中盤頃には、ほぼ総入れ歯になっていた。そして、オレも47歳の時に自分の歯を3本だけ残して、あとはインプラント手術で殆ど入れ歯にしてしまったのだ。

 当初、オレは自分の歯の殆どが40代でダメになってしまったのは、まず奥歯がシンナー(オレはシンナーが入ったビニール袋を奥歯で銜えるのが癖だった)、前歯がケンカで、残りの歯もタバコのヤニでボロボロになっていた。だから当然、自分の歯が悪くなったのは、そういう不摂生が祟ったものだと思っていた。ところが、インプラントの手術をしてる期間に歯医者の先生が「あなたは、両親も歯が悪い?」と訊いてきたので、「親父は特に悪いってほどでもなかったんですけど、オフクロは50代で総入れ歯でした」と答えたら、「ああ、やっぱりね」という言葉が返ってきたのである。

 その先生が言うには、歯の状態というのは勿論歯磨きの仕方とかもあるらしいが、1番大きいのは“遺伝”だと言うのだ。つまり、両親のどちらかが歯が弱い場合、その子供も歯が弱くなる確率が結構高いらしいのである。つーことで、オレはまずオフクロから、そんなしょーもない弱点を受け継いだのだ。

 そして、これは今から3年ぐらい前から出てきた習性なのだが、オレは車に乗った場合、自分が運転していないと殆ど寝てしまうのだ。てか、これはそれ以前のオレからはとても考えられないことで、オレは運転席以外の特に助手席に座った場合は、そこで寝るなど運転手に失礼なことだと思って絶対に寝なかったのである。ところが現在は、車が走り出して30分もするとコックリ、コックリと助手席でも平気で舟を漕いでいるのだ。

 つまり、これもオフクロの習性を受け継いだもので、彼女は昔からオレが運転する車に乗ると、例えそれが昼間であろうと15分もしないうちに寝始めるのである。当時、オレはそれが不思議でならなかった。寝不足でもないのに他人が運転する車に乗ると、とにかく催眠術にかかったように寝始めるオフクロ。オレは時にはそんなオフクロを怒鳴って起こしていたが、「あ……ゴメン、ゴメン」と言ったかと思うと、またスグに舟を漕ぎ始めていたのだ。

 その何年後かに、まさか自分も同じようにコックリ、コックリするようになるとは思ってもみなかった。ちなみに、オレは舟を漕ぎ始めた当初はメントールキャンディを舐めたり、スースーするハッカの液体を目の近くに塗り込んだりした。が、そんなことをやってもスグに深い睡魔が襲ってきて、結局はグーグー寝てしまうのである。もちろん、睡眠は車に乗る前にタップリ取っているというのに……。

 それからスグに、オレはさらに質の悪いオフクロの習性に襲われた。ナント、家でDVDを観てても寝てしまうのである。

 その昔、オレはオフクロと話していて、彼女は『風と共に去りぬ』という映画が大好きで、何十年ぶりかで同映画をゆっくりと観たくなった……と言われた。よってオレは、スグに近所のレンタルビデオ屋に行き、その『風と共に去りぬ』のDVDを借りてきて、夕食後にソレを居間のテレビにセットした。

 オフクロがイビキをかき始めたのは、その『風と共に去りぬ』が始まってから、まだ10分と経っていない時だった……。オレは、とりあえずそのDVDを消し、そして、大声でオフクロを怒鳴り始めた。

「おいっ、起きろよ!! アンタが『風と共に去りぬ』を観てえって言うから借りてきてやったのに、なんでスグに寝てんだよっ! いい加減にしろおおおっ!!」

 が、やっぱりオフクロは「ああ、ゴメン……どうにも眠たくて……」と言ったかと思うと、そのまま居間の壁に寄りかかるようにしてコックリ、コックリと寝始めたのである。

 その時、オレは思った。これは完璧に病気だっ。車に乗ると寝てしまうのは百歩譲って、まだわかる。が、自分が大好きな映画が流れているというのに、10分もしないうちに眠ってしまうというのは病気としか考えられないっ。これはいつか病院に連れていかなきゃダメだ!

 オレは、その時にホントにそう思った。ところが、である……。

 最近、オレも家でDVDを観てると寝てしまうことが多く、先日、読者に勧められた『トランス・フォーマー』という、車がロボットになって敵と戦うDVDを居間のテレビにかけた時なんかは、5分もしないうちにイビキまでかいて寝ていたらしいのだ。が、正直、それはその映画があまり面白くないということを自分が事前に察知し、だから寝てしまったんだろうと思った。

 ところが、それから数ヵ月後。オレは大好きなバットマンシリーズの『ダークナイト ライジング』という映画を映画館に観に行った。もちろん、制作過程から知っていたオレは、その映画をいよいよ観られるという興奮からドキドキしていた。そして、その翌日。友だちから「ねぇ、『ダークナイト ライジング』は、どうだったの?」と尋ねられたオレは次のように答えていた。

「う~ん……今回の悪役は前回のジョーカーほど魅力がなかったから、そうだなぁ……イマイチだったかなぁ」

 が、正直に言うとソレはウソだった。そう、オレは、それなりに興奮しながら観ていたものの、途中の30分以上のシーンを寝てしまって観ていなかったのである……。

 つまりオレは数年前までは“絶対に許せない人間”に、いつの間にか自分自身がなっていたのだ。

 

 なぁ、オフクロ。これが死後、アンタがオレに与えてきた罰か?

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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