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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

キャームの宴“ジェロニモ会”総括(後編)

 2016年8月13日(土)開催予定の第4回目のジェロニモ会。
 キャームはソレを最後のジェロニモ会にするつもりだ、と言う。そして、その時にキャームの瞳がすこし潤んでいるように見えた。
 が、オレはこの時、何で最後になるのかを訊かなかった。そして、その日は近くのラーメン屋に行っただけで解散したのである。

 数日後、キャームのツイッターに“ジェロニモ会ラストの飲み会に大物ゲスト来る!”という文字が踊っていた。おいおい、誰だよ、大物ゲストって? てか、オレは行くとは言ってないのだ。ってことは………大体察しはついた。この少し前の時期から『透明なゆりかご』という連載で人気が爆発してきた女漫画家の沖田×華、まず間違いなく彼女を誘ったのだろう。沖田に電話で尋ねてみると、確かに誘われたが、まだ行けるかどうかわからないという。
 っていうか、相変わらず見切り発車な奴だと思った。もしオレ同様、沖田も参加出来なくなったら、キャームはジェロニモ会に遠くから来た奴らに何と言い訳をするのだろうか。何だかムカムカしてきたオレは、その月の当コラムに「相変わらずシチ面倒臭い奴」というタイトルで、キャームのこのジェロニモ会のことを書いた。そして、文末を「ボキは参加しないけど(笑)」と締めたのだ。で、そのコラムがネット発信された15日の2日後、再びキャームがウチにやって来た。
「とにかく、みんな俺にじゃなくて、コーちゃんに会いたいから来るんだよ!」
 キャームはのっけからその言葉を繰り返した。が、「だから来てくれ」という言葉は相変わらず出てこない。オレは少し意地悪な気分になり「良かったな、最後は大物ゲストも来てくれるんだろ。思いっきりバカ騒ぎをしろよ」と言った。黙ってるキャーム。が、少しすると再び「ホント、大体の奴がコーちゃんに会いたいから来るんだよ」と繰り返し始めたのである。

 そうこうしているうちに、だんだんキャームに悪いことをしている感じになってきた。奴が今日来たのは、明らかに2日前に更新されたオレのネットコラムを読んだからだった。それをわかってトボけてるのも、何だか女の腐ったような生き物になったような気がした。
「じゃあ、今回のその飲み会にはオレも参加していい?」
 間もなくして、オレはそんなセリフを吐いていた。
「うん、いいよ」
 キャームはトボけたような、極めて普通そうな顔でそう言った。
「ところで、今回のジェロニモ会がラストだってことだけど、それって何で?」
「いや、だって毎回ツイッターのフォロワー相手に何百っていうDMを送って誘ってて、いい加減それも辛くなってきたからよ」
(って、それは誰に頼まれたわけじゃなく、おメーが最初っから好きで始めたことじゃん……)
 が、オレはあえてツッコまなかった。てか、これはオレのような大して売れてもない物書きの回りで発生している、ごく小規模な事件なのだ。こんなことにムキになっていること自体が非常に滑稽な感じがした。
 その翌日。オレは沖田に電話をして、自分はジェロニモ会に出ることになったから、沖田も少しでも時間があったら来てよと言うと、わかりましたという答え。

 で、それから更に数週間後の、ジェロニモ会開催の3週間前のこと。キャームが再びウチに来て、今回は400通以上のDMをフォロワー1人1人にしたから多分、来るのは100人を超えるだろうと言う。おいおい、100人って言ったら、もうソレは立派なイベントというか興業じゃねえかよ!?
 更に1週間後。オレは、にきサムに横浜ベイスターズ戦の観戦に誘われて、友達のハッチャキやテッシと一緒に横浜の中華街にあるとある店のテーブルに着いていた。
「そう言えば。ジェロニモ会の準備って進んでんの?」
 ジェロニモ会では、キャームの右腕に使命されているにきサム、彼にそんなことを訊くテッシ。
「キャームさんは今、新宿の歌舞伎町で会場となる飲み屋を毎日のように探してるらしいんですよね。で、俺も歌舞伎町に出てきて一緒に探せよ、って言われてんスよ」
「おいおい、まだ会場も決まってねえのかいっ!?」
 思わずそんな言葉を吐くオレ。
「いや、それがバリアフリーの店を探してるらしいんスよ」
「バ、バリアフリー!? 歌舞伎町でかっ。な、何で?」
「今回の参加者の中に車椅子の若者がいるらしくて、それで……」
「えっ、ソイツとキャームって何回か会ったことあんの?」
「いや、ツイッターで何回かやり取りしてるだけで、まだ1回も会ったことがないらしいっス。しかも、キャームさんが困った困った言ってるから、どうしたんスか?って尋ねたら、その車椅子の若者と10日間ぐらい連絡が取れてないらしいんスよねぇ」
「……………」

 オレの頭の中で南国の太鼓の音が響き始めた。そして、その音の向こうでにきサムの話が続いた。
「で、ついこの前ですよ。キャームさんから会社にいる俺に再び電話が掛かってきて、まいった……なんてガックリした声を出すんですよ。んで、どうしたんですか?って訊いたら、皆にジェロニモ会の出欠は7月24日までにくれって書いといたのに、参加するって答えを送ってきたのは60人ぐらいしかいなくてよぉ~、なんて言うんですよ。でも、机の上のカレンダーを見たら、その時はまだ7月24日の昼ぐらいだったから、今日いっぱいが締め切りだから夜に沢山答えが返ってきますよ、って言ったんです。そしたらキャームは『バカ、24日までにくれって言ったら、期限は23日までだろうよ!』なんて言うんですよ」
「え、24日までって言ったら、24日の夜の0時まででしょ!?」
 呆気に取られたような表情で、そんな言葉をにきサムにぶつけるテッシ。
「ですよねっ? だから俺も同じことを言ったんですけど、キャームさんは『いや、24日までに……って言ったら締め切りは23日だよ!!』って言い張るから、こりゃ埒が明かないと思って、じゃあ野澤さんに正解はどっちか訊いてみて下さいよ、って言ったんですよ」
「なるほど、キャームがこの世で唯一尊敬してる人物が、音楽プロデューサーをやってる先輩の野澤さんだもんな」
 太鼓の音を遮るように、そんなことを言うオレ。
「そしたら30分後ぐらいに、また俺んとこにキャームさんから電話があって、静かな声で『今日いっぱい待ってみるわ……』とだけ言って電話が切れましたよ」
「プハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
 遂に笑い始めるオレたち。

「結局、その日の晩に何人ものフォロワーから返事があったらしいんですよ。ちなみに、キャームさんは野澤さんにはジェロニモ会で10万円ぐらい払って、まず最初にライブをやってもらうことになってるらしいんですけど、3曲しか歌わせるつもりはない、って言ってるんスよね。ジェロニモ会の一次会は3時間もあるのに」
「えっ、何で3曲だけなの? せっかくだから小一時間ぐらい歌ってもらえばいいのに」
 再びそんな言葉を挟むオレ。
「いや、そういうところは甘やかせないって言うんですよ」
 オレの頭の中で更に音量を上げる太鼓の音。
「しかも、キャームさんは、とにかくジェロニモ会には食い物が1番大事だと思ってて、その後も歌舞伎町を回ってたら、バングラデシュ人の店長がいる店が、とにかくウチはどんな高級な素材でも安いお金でドンドン出しちゃうって言うから、キャームが改めて訊いたらしいんスよ」
「えっ、何て?」
「いいか、俺はこの店に100人以上の客を連れてくる。で、その時にこの店は第一品目に何を出すんだ!?……って質問をしたらしいんスよ」
「おお、したら?」
「一品目? 一品目からウチは凄いよっ。一品目は枝豆よぉ~! なんて言うんですって」
「ガハッハッハッハッハ!! で、二品目は?」
「二品目? もちろん、冷やっこぉ~!」
「ブハッハッハッハッハッハッ!! さ、三品目はっ?」
「ピザよぉ~!」
「ブゥワッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!! 結局ドコにでもある居酒屋じゃねえかよっ。ブゥワッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
「で、その店は断わったらしいですけどね」
 そう言い終えたと同時に、オレたちと一緒に爆笑するにきサム。そして、皆の笑い声がようやく収まった頃、ハッチャキが満を持したように口を開いた。
「ココで板谷くんに報告することがあります」
「な、何だよ?」
「ほら、俺はキャームの紹介で彼が働いてるコーヒーマシンのメンテナンスをする会社に5年前に入ったでしょ?」
「おお……で?」
「実はキャームは、その会社を6日前にクビになったんだよ」
「うえええええっ!!」
 ハッチャキからの報告に、同時に叫ぶオレたち3人。
 おいっ、つーことは、キャームはこんな飲み会なんかやってる場合じゃねえだろっ、おい!!
 翌日。オレは、キャームをラーメン屋に誘った。その店は初めて行く店で、しかも、神奈川県の外れにあったので、車内でゆっくりイロイロな話をする時間はあったが、キャームは会社をクビになったことは一言も口にしなかった。オレもそのことに関しては何も訊かなかったので、結局その午後は50過ぎのオッさん2人が少し遠くまでラーメンを食いに行った、ということで終わってしまった。

 結局、8月13日は新宿西口の方にある大きな雑居ビル、その1階にある中華料理店でジェロニモ会が開かれた。驚いたことにホントに参加者は100人ぐらいいて、開始早々に野澤さんの弾き語りライブが始まったかと思うと、ホントに3曲目で終わってしまい、オレはにきサムの指示通りに10数個ある各テーブルを与太話をしながら回っていると、アッという間に3時間の1次会が終わっていた。
 2次会は、1次会の中華料理店から1キロほど離れたダーツバーで、40人ぐらいの参加者がついてきた。オレもそのダーツバーに行き、色々な人と話してるうちに朝の4時になって、ようやくジェロニモ会が終わった。そう、第4回目のジェロニモ会は、にきサムはもちろん、オレや沖田や野澤さんもサポートする感じになり、それなりに盛り上がって終了したのである。
 キャームと2人で自分たちの車を止めておいた駐車場に歩いて向かった。殆ど喋らなかったが、コイツ、明日から仕事探しやら何やらで大変だろうな……と思った。

 そう、オレは癖の塊、かつ、感覚も大きくズレてるキャームに立腹しながらも、結局はまたラーメンなんかを食いに行ってる理由はコレなのだ。つまり、いつも人の何倍も動き、無い知恵をフル回転させてんのに最終的にはソレが身にならないと言うか、損をしてばっかなのである。
 今から4年ぐらい前、当時キャームを先生として仕事の研修をしていたハッチャキがオレの家に来て、「辛い……辞めたい……」と言ったことがある。が、オレは昔からの経験で、そのコーヒーマシンのメンテナンスの会社をあと何年かしたらキャームは辞めることになり、奴に引っ張り込まれたハッチャキが逆に残ることになるだろうということはわかっていた。だからその時にオレはハッチャキには少々辛くても辞めるな、と言った。

 そう、基本的にキャームにとっては人の命令を聞くこと自体が大きなストレスで、最終的には上司などとケンカして辞めてしまうのだ。キャームには、少し前まで続けていた個人ブティックのオーナーという仕事が最も合っていたのだが、不景気でとうとうソコを閉めてからというもの、奴はいつも自分がやってる仕事にオレの友達を誘い込みながら、結局は自分が辞めてしまうということを繰り返していたのである。そして、ほぼゼロの時点から、また奴なりの野望を膨らませながら動き始めるのだ。
 そういうキャームを少し離れたところから見ていると、時には人の友達をまた巻き込みやがって、こん畜生!!と思うことが多々あるのだが、頑張ってるのにいつもダメになることが可哀想に見えるというか、とにかく「おい、キャーム。暇だったらラーメンでも食いに行こうや?」と誘いたくなるのだ。
 現在、キャームは「業務用厨房機器のメンテナンス」という仕事を始めてるらしいが、くれぐれも無理や無茶をして体を壊したり、自己破産なんかをしないで欲しいっス。
 つーことで、これにてジェロニモ会は終了!と締めるところだったが、つい数カ月前にキャームは自分の休みを使って北海道にまで行き、小規模だが北海道版ジェロニモ会なるものを開いたがいいが、向こうで風邪を引いて、東京に帰ってきても暫くは寝込んでいたらしい。



 てか、何でもいいけど、オレの兄弟や友達をお前さんの商売の仲間や助手にしようとするのだけは、もう止めてくれ。約束だからな、キャーム!

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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