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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

韓国怪人紀行(仮)

 昔、紀行本を出そうとして、韓国に漫画家のサイバラの元旦那のカモちゃんと取材に訪れたことがある。
 が、現地でオレはカメラマンのカモちゃんと大ゲンカをして、仮にその本をオレが書き上げたら定価の6%の印税が入ってくるのに対して、ロクに写真も撮ってないカモちゃんにも4%の印税が入ることになっていて、それがどうにも面白くなくて、結局オレはその紀行本の原稿は1行も書かなかったのである。

 それから何年か経ったオレが41歳の時に、さすがに書かないままっていうのも悪いと思って、その「韓国怪人紀行」を書くために、自腹を切って、もう1度韓国に取材に乗り込んだのだが、その時に臨時のカメラマンとして同行を頼んだのが当時、福岡でパチプロをやっていたハッチャキだった。この男は過去にもオレのコラムにちょくちょく出ているが、専門学校からの友達で今年でその付き合いが35年にもなる仲だった。
 で、俺とハッチャキは、福岡から高速船に乗って韓国の釜山港へ入り、その釜山で3~4泊した後、韓国の新幹線と言われている高速鉄道KTXで首都ソウルに入った。そして、確か、その翌日だったと思う。オレとハッチャキは、ソウル郊外にある日帰り温泉を訪れた。ま、正確に言うと日帰り温泉というより、男女ともデカい湯舟と脱衣所がある、大きな銭湯のような施設だった。
 オレたちは入口で料金を払い、脱衣所にあるロッカーに着てるモノを入れて湯舟に浸かった。そして、15分後ぐらいにオレはロッカーに戻り、そこからデジカメをタオルに包んで再び洗い場に戻ると、そこにいたハッチャキにソレを手渡しながら次のようなことを頼んだ。
「オレが今、湯舟に浸かるから、そこでイイ湯だなって感じでポワッとしてる表情のオレの写真を何枚か写してくれよ」
 コックリと肯くハッチャキ。で、早速オレは湯舟に入り、その縁に両腕をかけて気分がよさそうな表情を作った。

   カシカシカシ! ………カシカシカシカシッ!

 4~5メートル離れたハッチャキの方からそんな音がしたので、オレは(もういいよ)という感じで、小さく右手を上げながら湯舟から出ると、ハッチャキからカメラを受け取って、そのまま脱衣所のロッカーにカメラを戻した。そして、急にオシッコがしたくなったので、キョロキョロと辺りを見回すと、20メートルほど離れたところにトイレのマークが書かれたドアが見えたので、その中に入って用を足したのである。そして、脱衣所に戻ってくると、何やらその中心部に小さな人垣が出来ており、オレも近づいていってみると、あろうことか、その中からハッチャキの声が聞こえた。
「だから盗撮じゃないっつーーの!! オレは、そんな趣味なんか無えよっ!」
 ああ、ヤバい!と思った。どうやら、さっきオレのことを撮ったハッチャキがホモの盗撮犯だと思われていて、10人ぐらいの韓国人に詰め寄られていたのだ。
(どっ、どうする、オレ!?)

 と、ハッチャキを囲んでいる中年客たちの怒りもヒートアップしだし、ハッチャキの何倍もの声量の罵声が飛び交い始めていた。
「コッ、コージン、マールン、ハジアナ!」
 そんな中、ハッチャキの口から今度はそんなぎこちない言葉が放たれた。
「アエッ!?」
「オンガァ~!!」
 ハッチャキの言葉に対して、韓国の中年客たちの多分「何だよ!?」「ふざけるなっ!!」という言葉が返ってきていた。
「コージン、マールン、ハジアナ! ……コージン、マールン、ハジアナ!」
 その言葉を夢中で繰り返すハッチャキ。目も当てられなかった……。実は、その「コージン、マールン、ハジアナ!」という言葉は数年前、カモちゃんと韓国に取材に来た時にTVのCMで散々流れてたセリフで、日本でいう藤岡弘みたいなオヤジが女にあるドリンクを勧めた後、自信タップリの顔で発するセリフなのだ。当時の韓国のTVCMは日本よりその種類が極端に少なかったので、TVを点けると必ずと言っていい程、その「コージン、マールン、ハジアナ!」が流れてくるのである。で、そのセリフがあまりにもしつこかったので、オレはその時にオレたちに付いてくれてた学生バイトのイくんに「このオッさんて、何って言ってんの?」と尋ねたところ、「男はウソつかない!」という意味ですといった答えが返ってきた。
 それ以降、オレとカモちゃんはその旅で決定的に仲が悪くなるまでは、例えば定食屋に入ってオレが変なドリンクを頼み、カモちゃんに「何だよ、それ旨いのかよ?」と言われると「旨いよ」と返し、再び「ホントに旨いのかよ?」と聞かれると、そこでオレは自信満々の表情を作って「コージン、マールン、ハジアナ!」というセリフを吐き、カモちゃんとイくんが爆笑するといったパターンをことあるごとに繰り返してきたのである。
 で、それから数年後のこの旅行中も、オレはそのセリフをちゃんと覚えていて、ハッチャキには次のようなことを言っておいたのである。
「ハッチャキ。万一、韓国でオレがいないところでトラブルに巻き込まれたら"コージン、マールン、ハジアナ!"って相手に言えよ。そしたら絶対大丈夫だからな」
「えっ、それってどういう意味なの?」
「まぁ……日本も韓国も近いんだし仲良くしましょう、っていう意味だよ」

 で、話を戻すと、ハッチャキはその時にそれをそのまま実行したのである。つまり、韓国の男たちとは、
「お前は、そんなに男の裸に興味があるのかっ!?」
「男はウソつかない!」
「だからっ、お前はホモかっ!?」
「男はウソつかない!」
「お前は、わざわざ日本から男の裸を撮るためにココに来たのかっ!?」
「男はウソつかない!」
 こんな感じのやり取りになっていたはずである。
    バチンッ!!
 突然、響き渡る重い音。で、無理矢理その人垣の中に突っ込んで様子を伺うと、怒鳴り声を上げている男の前でハッチャキが驚いたような顔をして頬を押さえていた。
    バチンッ!! バチンッ!!
 数秒後、再び2発の猛ビンタがハッチャキの頬に炸裂。
「おまんっ、何やるっとたいいいっ!!」
 そう叫んだかと思うと、目の前の韓国人の頬を叩き返すハッチャキ。すると、その韓国人もビンタを入れ返し、またしても呆然としているハッチャキに再び2発、3発と追加のビンタが入った。
(ヤ、ヤバいっ。何とかしないとシャレにならないことになるぞ!!)

 気がつくとオレは、その人垣の中心に踏み込み、ハッチャキの手を引っ張りながら自分たちの服を入れておいたロッカーへと向かった。ふと気がつくと、脱衣所で事の顛末を見ている男の数が30人近くに膨れ上がっていた。
「ハ、ハッチャキ。ロッカーを開けたらパンツだけ履いて、あとの荷物は全部手に持って、とにかくこの建物の外にでるぞっ!」
 それからのオレは、無我夢中でパンツを履き、今にも飛びかかってきそうなオヤジ2人を日本語でメチャメチャ怒鳴りつけ、とにかくハッチャキの腕を掴みながら建物の出入り口に走った。
 約10分後。温泉施設から400~500メートルぐらい離れた喫茶店に入り、そこでようやく一息つくオレたち。
「えっ……。お前、泣いてたのっ?」
 ハッチャキの顔を見ると、目の周辺が微かに濡れており、その下にある左頬が真っ赤に腫れ上がっていた。
「板谷くん……。俺、殺されるかと思った」
「ブハッハッハッハッハッハッ!! お前、そっ、その顔……ガハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
 ハッチャキの顔、それが完璧にニューヨークの鬼警部にブチのめされた直後の、アル・パチーノ演じる映画『ゴッド・ファーザー』のマイケル・コルレオーネになっていた。
「ガハッハッハッハッハッハッハッ!! た、頼むっ。コ、コッチ見るな……ブハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 で、その取材はそれ以降は割とスムーズに終わり、いざ「韓国怪人紀行」を書き下ろそうと思っていたらオレは脳出血になってしまい、そのリハビリに何年もかかって、結局「韓国怪人紀行」は書かずに終わってしまったのである。



 版元のスターツ出版さん、そして、あの世に行っちゃったカモちゃん。それと、当時「韓国怪人紀行」を読むのを楽しみにしてた読者の皆さん、ホントにすいませんでした。ペコリ。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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