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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

そして、大御所は語った

 さて、今年に入って、また旨いモノをチョコチョコと食っている。
 オレは美味しいモノに当たると、決まって次の手順を踏む。
 オレは自分の舌を100%は信用してない。だから、(うわっ、ウメー!!)と思っても、一発ではどのくらい旨いかを断定せずに、近日中にあと2回はその店に通う。で、3回通った時点で、その料理がホントに旨いと思ったら、さらに俺が信用する舌を持っている人とその店に行って評価を聞く。そして、その意見を参考にしつつ、ようやくその一品の評価をつけるのである。

 現在、オレの中でその「信用する舌を持った人」ランキングの3位以内に確実に入っている人というのが、前にもこのエッセイで紹介した野澤さんという4つ歳上の先輩で、彼は大手有名音楽会社のプロデューサーをやっていた関係で、とにかく全国のイロイロ美味しいモノを食べてきているのだ。だから、今までも様々なレストランや食堂に一緒に行っても、その料理を絶賛することは殆どなかった。だから、逆に信用できるのである。
 で、今年に入ってオレは、この野澤さんに食べさせたいモノ、いや、その味を判断して欲しいモノが2つ出てきた。1つ目は、オレんちから車で20分ぐらいのところにある八王子の「ふたばや」という店の肉入りタヌキうどん。もう一品は、今年の2月に初めて食って、その旨さにビックリした高田馬場にある「成蔵」という店のトンカツである。
 もう少し、この二品のことを説明しておこう。「ふたばや」の肉入りタヌキうどんというのは、実はもう15年近く前から食べていて、種類でいうと麺にガッツリとしたコシのある、オレが住んでる東京郊外の多摩地区や埼玉県西部に根付く“武蔵野うどん”と呼ばれるモノなのだが、とにかく「ふたばや」の肉入りタヌキうどんは本当に旨いのだ。もう他界してしまったオレの両親もココのうどんが大好きで、また、最近オレの友だちを何人か同店に連れて行ったところ、そのほぼ全員が絶賛したばかりか、千葉の木更津に住む後輩などは、それ以後、2週間に1回のペースで東京湾アクアラインを使って車で「ふたばや」に通っている有り様なのだ。また、以前これも書いたが、東映の菅谷さんという映画プロデューサーを「ふたばや」に連れて行ったところ、食い終わっても特に何も言わなかったのだが、その5時間後に今度はトンカツの「成蔵」に連れてって感想を聞いたところ、「いや、確かに、この『成蔵』って店のトンカツは今まで自分が食べてきたトンカツの中でも1番美味しいとは思うんですけど、昼に食べたうどんのインパクトが強過ぎて、そのトンカツの旨さに完全に霞が掛かっちゃってますよ」という答えが返ってきたのである。

 で、菅谷さんが、その旨さに霞が掛かっちゃったという「成蔵」のトンカツだが、いやいや、数ヶ月前にオレはこの店の特上ロースかつを初めて食べた瞬間、(ああ、オレがこの5~6年で食ってきたモノの中では1番旨いや、これ……)と思った。そして、習慣通りにタテ続けに同店に通ったところ、鹿児島の黒豚や新潟の雪室熟成豚の特上ロースもバカ旨いが、“シャ豚ブリアン”と銘打たれている特上のヒレかつも相当旨いことがわかったのである。とにかく、この店のトンカツの旨さが普通じゃないのは、ソースが邪魔になるのだ。そう、その脂の旨さ、甘さを味わうには塩を振って食べるのがいいのである。そして、この店にも7~8人の友だちを連れて行ったが、やっぱし例外なくその旨さに皆がビックリしているのだ。
 さてさて、ようやくこの2店舗の簡単な説明が終わったところで、いよいよ野澤さんの登場である。彼も菅谷さん同様、まず昼に肉入りタヌキうどん、そして、夜に雪室熟成豚の特上ロース&シャ豚ブリアンを食べてもらった。

「うん、どっちも旨かったねぇ……」
 成蔵から出た後、近くの喫茶店に入って感想を聞くと、まずそんな答えが返ってきた。
「じゃあ、100点満点で点数をつけるとすると、どんな感じになりますかねぇ~?」
「う~ん………ふたばやの肉入りタヌキうどんが90点で、成蔵のトンカツは80点かなぁ~」
「えっ、肉入りタヌキうどんは、まぁ、90点でもいいとしても、成蔵のトンカツの点数がそんなに低いんですかぁ~?」
「コーちゃん。料理の評価って、その味がもちろん1番大切だけど、実は値段も重要な要素だと俺は思うんだよねぇ~。だって、ふたばやの肉入りタヌキうどんをコーちゃんは月に2~3度食べに行くって言うけど、それはあのうどんが1杯600~700円だからであって、例えば肉入りタヌキうどんが1杯2000円とか3000円だったら食いに行くぅ?」
「そっ……そりゃ、食いに行かないッスねぇ……」
「成蔵のトンカツが80点なのは、あそこまでは旨くないけど、かなり近い味の、やっぱりソースじゃなくて塩をかけて食べた方が旨いトンカツを出す店が麻布にあってさ。ソコのトンカツは確か、2500~2600円なんだよ。で、成蔵の特上ロースとシャ豚ブリアンは、それぞれ3700円だろ。つまり、オレの知ってる麻布の店は価格を2000円台に抑えるために、あの程度の肉を揚げてるけど、じゃあ、あと1000円出すから、もっといい肉でトンカツを作ってよって頼んだら、、きっと成蔵と同格ぐらいのトンカツを作ると思うんだよね。要は、成蔵のトンカツは確かに相当旨いけど、値段から逆算すると予想出来ちゃう旨さだから80点にしたんだよ」
 そう言って、笑みを浮かべる野澤さん。

「なるほど…。こりゃ、野澤さんから90点以上の点数を取る食い物を見つけるのは至難の業っスねぇ~」
「いや、前にコーちゃんに連れてってもらった、群馬県の前橋にある『マムタージ』って店のカシミールチキンカレーは100点だよ」
「えっ………」
「それから、もう1つ言えば、コーちゃんが何度か買ってきてくれた、あの五日市の方にある『ダンデリオン』っていうパン屋の紅茶の食パン、アレは101点だからね!」
「ぶひゃ!!」
「あの食パンが1斤290円で買えるってのも驚きだけど、ウチのパンがメタメタ好きな母親にも食わしたら、この紅茶パンはシフォンケーキみたいな作り方をしてるんじゃないかしら?って言っててさ。で、とにかく、コレが290円って言うのは信じられないって目を丸くしてたよ」
 そう言って、再び笑う野澤さん。



 ああ、オレはこの人と友だちで本当に良かったわ……。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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