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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

父に贈る言葉

ゲッツ(以下、ゲ)「いやぁ~、しかしビックラこいたな。つい1カ月前、オレたちの親父のケンちゃんが死んじまったもんな(笑)」
ゲッツの弟のセージ(以下、セ)「……………」
「しかも、最後の3カ月は殆ど栄養を口から取れなかったから、体重も39キロになっちゃってな。オレ、変なアキバのアイドルかと思って抱きつきそうになったもん(笑)」
「……なぁ、何でまだそんな日が経ってねえのに笑えんだよ?」
「だって、39キロになったケンちゃんて笑えねえか? TVの通販番組風に言ったら、0120、39(サンキュー)、39(サンキュー)ケンちゃん、だぜぇ(笑)」 

「笑えねえよっ!」
「しかし、バカのお前はどう感じた、ケンちゃんの死って? てか、板谷バカ三代も一代目を二代目が死んじゃって、とうとう三代目のお前だけが生き残ったわけだけれども」
「生き残ったって、ウチは爆弾でも落とされたのかよっ!!」
「あんまり面白くない。37点」
「大喜利をやってんじゃねえんだよっ!!」

「あ~あ、親父……。何で死んじゃったんだよぉ………」
「……………」
「立て替えた病院代の20万円は誰が返してくれるんだよっ?」
「って、もう金のことかいっ!?」
「よしっ、これからお前は“ヘラクレス”って合いの手を入れろよ!」
「……はぁ?」
「俺の名前は♪ ……はいっ、ホラ!」
「えっ………あ、ヘッ……ヘラクレスぅ?」
「糖尿病になっても♪」
「ヘ、ヘラクレス!」
「学生ん時のアダ名も♪」
「ヘラクレス!」
「初めて体を許した男も♪」
「ヘラクレス! って、ウチの親父はホモだったのかいっ!?」
「キミは智子さんのことを幸せにすることはできな~~~いいいいいっ!!」
「………なっ……何なんだよ?」
「映画『女王蜂』に出てた仲代達矢が、恋敵の男を殴り殺す時の真似だよっ!」
「だからっ、その真似が何で今出てくるんだよっ!?」
「しらね…」
「もおおおおお~~~~~っ!!」

「しかし、ウチのケンちゃんは、もう少し長く生きると思ったんだけどなぁ~。85ぐらいとか」
「でも、78まで生きたんだから……」
「78まで生きたんだから、死んだって当然って言うのかあああっ!?」
「そっ……そんなことは」
「78まで生きたんだから、それ自体が大ファインプレーだってホザくのかあああっ!?」
「だ、だきゃらっ、そんなことは」
「通販番組風に言ったら、0120、78(ナッパ)、もう充分!……ってことかいいいっ!?」
「お前っ、いい加減にしねえと兄貴だからってブン殴るぞおおおおおっ!!」
「最後に真面目なことを言います!」
「……………」

「15年ぐらい前だったかなぁ……。ある日、ケンちゃんがオレの仕事部屋に来てよ。オレが書いたベトナムの紀行本を出してきてコレにサインしてくれ、なんて言ってきたんだよ、な」
「それで?」
「サインするのは全然かまわないけど、その本をどうすんだよ?って尋ねたんだ。そしたら、町会の友達からの頼みで、愛知の方に住んでる知り合いの娘さんが……ま、娘さんて言っても当時40ぐらいの人らしかったんだけどさ。どーしてもゲッツさんのサインが欲しいって言ってるみたいだから、よしっ、じゃあ俺に任せろ!って言って、その紀行本をオレの前に差し出してきたらしいんだよ」
「ほぅほぅ。……で?」
「うん……。結局ヤッちゃった、その熟女と」
「……………」
「ま、そういうお粗末な話もあってさ」
「つーか、結局アンタは何が言いたかったんだよっ!?」
「強いて言えば……やるっきゃない!! by近藤昌彦」
「親父……。アンタの生死にかかわらず、板谷家はそろそろ終わりです………」

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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