MENU

ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

ボールが捕れない理由

 オレは、14歳ぐらいの頃から時々プロ野球の試合を球場まで見に行ってるのだが、今までの約35年間、1度もボールを捕ったことがない。  いや、今から4年近く前に西武ライオンズのファンになってからは、本番で使用してるボールを本気でキャッチしようと大きなファーストミットまで買って、毎回ソレを球場まで持ってっているのだ。でも、捕れない。本番で使用しているボールどころか、フリーバッティングの練習中に外野のスタンドに飛び込んできたホームランボールも、またはファールボールも全く捕れないのである。
 今は最低でも月2回は西武ドームに行ってるというのに。
 いや、もちろん試合用のボールは、そう捕れるものではない。球場には大抵2万人以上の人がいて、ボールは皆欲しいのだ。が、それにしたって、今までトータルすると100回近くは球場に足を運んでて、毎回グローブやファーストミットをハメて構えてるのに、1回もボールが捕れないなんて……。

 でも、約4年前から西武ドームに通い始めてからは、何度かボールを捕れそうなチャンスはあったのだ。今からちょうど1年前ぐらいに、女のコと2人で3塁側の外野席で一足早くドームに着いたので、西武と対戦するオリックスの選手のバッティング練習を見ていた際、T・岡田という選手が打った打球がオレの右の席に座っていた女のコの方に向かって飛んできた。もちろん、オレはその時もファーストミットはハメていたが、(あっ!)と思った時にはホームランボールは、その女のコの50センチぐらい右側のイスに当たり、そのまま真上に上がったと思うと、その女のコの足元に転がった。
(ど、どうするっ!?)
オレがそう思っていると、その女のコの2つ隣の席に座っていた40歳くらいの冴えない感じのオバちゃんがサッと手を伸ばしてきて、結局は彼女に拾われてしまったのである。
(なんで大チャンスだったのに、貴様は手を伸ばさなかったんだよおおおっ!!)
 己のことをモノ凄い勢いで責めている自分がいたが、オレは隣の女のコに「大丈夫だった?」とニコやかに声を掛け、その気持ちを押し殺した。

 さらに数ヵ月後、決定的に悔しいことがあった。その日は外野のバックスクリーンに近いセンターに位置する自由席にビニールシートを敷いて座っていたのだが、試合が始まる直前に西武の各レギュラー選手が自分の守備位置に付く際、直筆サインボールを1~2個持って、それを観客席に向かって投げてくれるのである。で、その時、センターを守ることになった能代選手というのが、センターのスタンドに向かって球を投げてきたのだが、その球がオレの真正面に飛んできたのだ。
(うわあああ~~~~~っ、遂にきたあああっ!!)
 そう思ったが、あろうことか、その時いつもハメてるファーストミットをオレは装着しておらず、ツインスティックバットという、2本の小さなプラステック製のバットをポコポコ叩いて応援するグッズ、それを無意識に手にしていたのである。オレは、そのツインスティックバットを放り出し、ファーストミットを慌ててハメようとした。が、時すでに遅し! ボールはオレの5~6メートルほど上空に来ていて、オレは意を決して己の素手を上空に掲げた。
 ボールがズッポリとオレの両手の中に入ってきた。………が、次の瞬間、ボールはオレの手から飛び出ると、前にいた小汚い家族連れが陣取ってるスペースに。そして、小学2~3年ぐらいの男のガキが、まるでそのボールを迷い込んできた猫のように素早く拾い上げたところ、そのクソ貧乏そうな家族計4名が破竹の勢いで喜び合ったのである。
「違うっ、それはオレのだあああああ~~~~~っ!!」
 もう少しで、そう叫んで、そのガキからボールをひったくるところだった。が、オレはその衝動を必死で抑え、見たくもない西武ライオンズオフィシャルハンドブックに視線を落としながらも、その貧乏そうな一家の母親をバックから猛ファックする妄想をして、とにかく自分を落ち着けたのだ。

 そして、つい先月のこと。更に決定的なことがあった。
 その日、オレは「フィールドビューシート」という、三塁の真横に迫り出した特別にいい席に座っていた。ちなみに、その計100名ぐらいが座れる席には、西武の選手が自分の守備位置に付く際、最低でも2球はボールを投げ込んでくれるのである。で、この日はセ・パ交流戦の日で、オレの隣には広島カープファンのガル憎という後輩が座っていて、オレは彼に昔、うちの親父が使っていたオレのと同じファーストミットを渡し、とにかくココはよくボールが飛んできてチャンスだから、そのファーストミットでガッチリキャッチするように、という指示を出していたのだ。
 そして案の定、試合が始まる直前、3塁を守っている西武のヘルマンをいう外国人選手がフィールドビューシートにボールを投げ込んできたのだが、そのボールはオレの約5メートルぐらい右に飛んでいったので、(あ~あ……)と思って諦めた次の瞬間、そのボールを正面にいた男がエラーし、そのボールが真横に飛んできたのである。で、さらにオレの2メートルぐらい右に座っていた若い男も、そのボールを捕り損ない、(えっ………)と思っていたら、オレの左に座っていたガル憎がファーストミットでそのボールをガッチリとキャッチしたのである。

 その瞬間、長年の疑問が解けたのだ。要するに、何でオレはボールが捕れないのかというと、それは“トロい”からなのだ。すっかり忘れていたが、オレは小学生の頃、よくボーっとしてて何度も何度も悔しい思いをしたことがあるのだ。
 つーか、約1年前に連れてった女のコの足元にボールが転がった時も、スグにサッと拾ってしまえば自分のものにできたのである。そして、その数ヵ月後に、自分の手の中に入ったボールもシッカリつかんでいれば、それでハイ、めでたし!!だったのだ。しかも、その日、ガル憎がヘルマンが投げたボールを捕る直前、オレは何をしていたのかというと、自分はファーストミットをハメたまま、自分の目の前を通るボールをただ黙って見詰めていたのである。


そりゃ、100年経ったってボールなんか捕れんわな……。

 

バックナンバー

著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

閉じる