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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

遺言になってもいいや

 オレは小学校2年の時に、地元にあるスパルタ塾に入れられた。
 ウチのオフクロの義理の父親がヤクザで、オフクロはそういう道が大嫌いだったので、自分の子供だけは真っ当な道を歩かせようと、オレが幼い内からそんな手を打っていたのである。ま、結局オレは途中で思いっきりズッコケて、が、友達の女漫画家サイバラのお陰で物書きになれた。だからというわけじゃないが、オレも自分の息子を小学校の時から大手有名塾に通わせた。が、オレが小学2年の時から通ったのに対して、息子は小学5年になってからで、その塾の先生には「いや、今の時期でもいいんですが、欲を言えば、あと1~2年早く塾に来させてもらえば、板谷くんはもっと楽に伸びたんですけどねぇ」とか言われた。結局、ウチの息子の中学受験は滑り止め校になんとか引っかかっただけで、そのT学校なら大学からでも入れるだろうということで、オレと同じく普通の公立中学校に通うことにさせた。

 ウチの息子は中学の時も小学校の時に入っていた同じ塾に入れたのだが、中1の時には既に息子はそんなに勉強が出来る奴ではないことがわかった。が、オレの息子なのでそれもしょうがないと思っていたが、中2になるとオレに対する態度が急に反抗的になり、また、中学校もちょくちょく休むようになった。さらに中3になると不登校はさらに酷くなり、1年間で学校に行ったのはテストの時のわずか10日間だけという有り様だった。もちろん、そんな状態では内申書もクソもなく、こいつは中卒でどこかに就職させなきゃならないのかと愕然とした。
 ま、結局は中学の出席状況があまり良くなくても、試験である程度の点数を取れれば入学させてくれる学校が埼玉県にあって、息子は何とかソコには入れた。で、高校に入れば新しい友達が沢山できるだろうと思っていたが、ま、確かに2~3人とは仲良くなったみたいだが、快活な高校生活を送っているとは言えず、おまけに朝、必ずモタモタして高校まで行くスクールバスの時間に間に合わなくなった。オレは中学の時のこともあったので、毎朝息子を車に乗せて高校の正門脇まで送っていくことにした。
 いや、何でそんな過保護なことをするんだ!?と思う者も沢山いるだろう。が、オレにとって中学3年の時に息子が何を言っても殆ど学校に行かなかったってことは、オレの中ではかなり大きな傷になっていて、が、高校生になった息子は一応は学校に通う気はあったので、朝の僅か5分とか10分遅れたことで、その日、学校に行かないなんてことはバカらしいことだからそれなら自分が来るまでその息子を学校まで送り届けるなんてことは何でもなかった。

 こうして息子は高校へは行くようになったが、高2になると新たな問題が浮上してきた。そう、大学に入るための塾に通わせねばならなかった。が、ウチの息子が中学まで通っていた、あの手の大きな塾に再び入れても、まず奴は勉強しないと思ってオレは悩んでいた。ところが、あるイベントで自分の読者に会ったオレは、その彼が偶然にも個人授業をする塾の先生であることを知り、その塾にしているマンションは高田馬場にあり、オレの地元の立川とは電車で1時間ぐらい離れていたが、思い切って彼に息子の塾の先生になってくれと頼んだのである。
 ちなみにその塾の料金はビックリして目が飛び出るほど高かったが、それもその彼はオレの本が大好きだったので何万円も値引いてくれて、結局ウチの息子は平日は毎日オレに高校まで送ってもらい、それと並行して週に2~3日は高田馬場にある塾に通った。で、オレは時々、息子の自宅の勉強部屋をこっそり覗いていたのだが、5回覗くと4回は夢中でゲームをしており、時々は「ほら、ゲームなんてしてねえで、高い金出してんだから塾の予習とかしろよっ。来年大学に落ちたら即就職だからなっ!」という言葉を浴びせた。そう、更にもう1年そんなバカ高い塾代なんか勘弁してくれということもあったが、息子は芯のところがオレと似ているところがあって、こいつは浪人でもしたらオレのようにその途中で挫折し、結局は引きこもりになるに違いないという確信があったのだ。ま、引きこもりになってもオレはサイバラに救ってもらったが、彼女のような人は滅多にいないと思うのでウチの息子がそうなっちゃった場合はホントに目も当てられないだろう。

 結局、息子は5つ受けた大学のうちの1つに何とか引っかかり、今年から大学生になった。ま、大学といっても三流大学だが、オレはウチの息子の勉強を見てくれた塾の先生にはホントに感謝している。だって、あんなに勉強していないのに現役で大学に受かるなんて、あの先生だから成しとげられたんだと思う。先生は「もう一浪を!」と言っていたけど、いや、もう充分ですよ(笑)。
 で、ウチの息子は大学生になってからは、ま、当たり前のことだが、1人で電車に乗って学校に通っている。だが、クラブにも入らず、アルバイトもせず、授業が終わるとそのまままっすぐ家に帰ってきて、寝るまでの間、延々とゲームをやっているのだ。そう、ウチのバカ嫁とソックリなのである。
 で、先月弟のセージが名古屋から一時帰宅した際、オレの息子と少し話をしたらしいのだが、息子は「とにかく彼女が欲しい」と嘆いていたと言うのだ。それを聞いて、オレは本気で泣きそうになった。息子は今年で19である。そして、間違いなく童貞なのだ。「いや、そんなことはないよ。陰でやってるよ」という奴はいるが、いや、奴はやってない。やってる奴というのは、どこかで微かな余裕のようなものが見えるもんだが、ウチの息子は正真正銘の童貞である。

 てかねっ、オレが19の時なんか、それこそ色々な女とSEXなんか浴びるほどヤッてたのに、そんな肉体が最も異性を欲しがっている時に彼女もいないなんて……。いや、中学の時に息子が全く学校に行かない時だって、高校まで車で送ってる途中に突然帰りたいと言い出して、激怒しながらも家に引き返した時だって、オレは泣きそうにはならなかった。が、先日、息子が童貞だということがほぼ証明された時、オレは19歳にもなった男が、女のあの柔らかい、優しい唄が聴こえてきそうな肉体を知らないということが心底可哀想に思えたのだ。で、本来なら「おい、今から父さんとソープランドに行くぞ」とか行ってやりたいところだが、ウチの息子は未だにオレに対しては反抗期のような態度を取り続けているので、まともにオレの話すら聞かないのだ。
 てか、息子が小学校に入る直前に肺癌で死んでしまったオレのオフクロ。オレはそれ以来、息子の教育について“こんな時、オフクロだったらどうしたのか?”ということを考えて、いつも方針を決めていた。で、何とか奴を大学生にまでさせることは出来たのだが、その一方で息子に“人間らしく生きるということ”については何も教えられていなかった。ま、元々オレは大学生にすらなれなかったのだが、ウチのオフクロが生きていたら必ずウチの息子にはこう言うはずである。

「今、この数年間だけは学校の授業の単位さえ取っていれば、あとは自分の興味があることに遠慮なく向き合える、人生で最大級に恵まれた期間なんだよ。それなのに他人が商売のために作ったゲームばかりをピコピコやって、そのまま大学生活が終わっちゃったら、自分の可能性と大きな楽しさを捨てたも同然だよ。ほら、早く空いてる時間にアルバイトをやって、その誰にも遠慮しなくていいお金を資金に冒険を始めな。早く。時は金なりだよ!」



 自分の息子にこんな当たり前なことも言えないオレに、今もオフクロが脇腹あたりでプンスカ怒っている。
 冷静になって考えれば、オレは息子が中学生の時に何度か怒りに任せて奴を殴ってしまったため、今も息子はその防衛手段のためにオレに対しては乾いた、それでいて尖っている態度を取り続けている。
 どうにかして伝えられねえかなぁ……。もう少し視野を外に向ければ、もっともっと楽しくて、気持ちが良くて、時には痛いけど、でも、涙が止まらないぐらい心が震えることがお前を待っているってことを。

 オフクロ、奴の夢の中にでも出てきて頼むよ(笑)。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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