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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

真夏の夜の殴り込み事件

 もう今からかれこれ20年前の、オレが30代後半の頃の話である。
 その頃、オレは自身が結婚してるのに他の女と仕事の合間を縫って密会を重ねるという、早い話が浮気をしていた。が、自分の息子がまだ3歳くらいで、そんな不埒なことを続けているのを反省したオレは付き合っていた彼女と強引に別れた。 

 それから1カ月が経った、あれは8月の中旬頃だった。その日も夜中まで連載の原稿を書いていたら、急に庭から車のクラクションの音が聞こえた。反射的に仕事部屋の時計を見ると、時刻は夜中の0時45分。が、すぐにクラクションの音はしなくなり、オレは舌をチッと1回鳴らしてから再び原稿書きに戻った。
 さらに、その翌日のこと。その日も夜中まで原稿を2階の仕事部屋で書いていると、再び昨夜と同じ時間ぐらいに庭の方から車のクラクションが聞こえた。が、その日のクラクションの音はスグには止まらず10秒ぐらいで響いたかと思うと止まり、また1分ぐらいすると再びけたたましく鳴り始めた。
(こんな時間に一体どこのバカ野郎なんだ!!) 
 シャーペンを放り投げたオレは、庭に向かうために階段を下りようとした時だった。 
(あっ、もしかして、これってこの前、強引に別れた絵梨花(仮名)が地元の男友達と一緒に嫌がらせをしに来てるんじゃねえのかっ!?)。
 そんな考えが頭をよぎった。と、次の時間だった。
「誰なの、夜中にクラクションを鳴らしてるバカは!? まさかアンタの友達じゃないでしょうねえ!?」
 1階の居間でプレステをやっていた嫁が、階段の下からそんな声を掛けてきた。
「し、知らねえよぉ~。オレの、と、友達ならインターフォンを鳴らすだろ!」 
 オレは、思いっきり動揺していた。そして、再び……。

   プップゥ~~~~~~~~~~~~!! プゥ~~~~~~~~~~~~~!!

 相変わらず鳴り続けるクラクション。ちなみに、当時の板谷家はバアさんが1年半ぐらい前に亡くなり、遺産相続で裏にあった大きな畑を親父の兄弟たちで分けた。で、親父の兄弟たちはそこを不動産屋に売って、その会社が計4世帯分の家が建てられるようにその土地を一般向けに整地していた。で、どうやらその車は、その整地のどこかに入ってきて、こんな真夜中にクラクションを鳴らし続けていたのである。 
(あの女、オレに別れを切り出されたのが余程悔しかったんだろうなあ……。てか、どうするんだよっ、この状況を!?)

 ところが、それからクラクションは止み、オレは暫くの間、階段のところに立ち尽くしていたが、どうやら絵梨花たちは気が済んだらしく、その整地から去っていたようだった。それからというもの、夜になるとオレは微妙に緊張しながらも原稿を書いていたが、翌日も、その翌日も、更に1週間が経ったが、再び夜中にクラクションが鳴ることはなかった。
(どうやら絵梨花もアレで気が済んだんだろうなぁ……。しかし、アイツは気が強い女だったから、この立川で生まれてたら確実にヤンキーになってただろうな)
 そんなことを思いながらも、その日も原稿の締め切りに追われながら夜中まで仕事を続けていた時だった。

   プップゥ~~~~~~~~~~~~!! プゥ~~~~~~~~~~~~~!!

(おいっ、勘弁してくれよおおお~~~っ!)
 が、その日もクラクションは簡単には鳴り止まず、オレの家の周囲にクラクションの音がランダムに鳴り続けた。
(うおおおおお~~~~~っ、もうガマン出来んんんっ!!)
 気がつくと上半身裸で仕事をしていたオレは、そのままの姿で1階に下りていき、玄関のドアを開けると、そのすぐ近くにあった金属バットを持って裏の整地へと向かった。
「どうしたんだよっ、兄貴!」
 背後からそんな声が掛かり、振り向いてみると、オレんちの斜め向かいのアパートに住んでいた弟のセージが立っていた。
「どうしたもこうしたもねえよっ。他人の土地に何回も車で入ってきて、おまけにクラクションなんか鳴らしやがって! これでブッ叩いてやる!!」 
「っていうか、あのクラクションを鳴らしてる奴って兄貴の知り合いなの?」
「いや、知り合いっていうか、オレがちょっと前まで付き合ってた女の多分男友達か何かで……」
「えっ、兄貴って浮気してたの!?」
「えっ、ああ……てか、そんなことはこの際どうでもいいんだよっ!! とにかく、あのクラクション野郎をブッ叩いてやるっ」  
 そう言って、裏にある整地にバットを持って歩いていくオレ。と、その整地と整地の間の私道部分になっている所に、一台の野田ナンバーの白いセダンが止まっていた。
(気を抜くなっ。相手は1人や2人じゃないかもしれねえからな……) 
 と……、

   プップゥ~~~~~~~~~~~~!! プゥ~~~~~~~~~~~~~!!

(くぅの野郎! オレが来たのを確認した上で、思いっきりクラクションを鳴らしやがって……) 
 完璧に頭に血が上ったオレは、運転席側の窓ガラスを靴の裏で蹴りながら大声で叫んでいた。 
「ぐぅの野郎っ、出てこい!! 文句があんなら直接来いやっ、バカ野郎!」
 が、車の中からは何の反応も無し。もう完璧に怒りが収まらなくなったオレは、目の前の運転席のドアを乱暴に開けていた。と……、
(なっ……なっ……何だ、これは!?)

 その車の運転席には男が1人、シートを倒しながら寝ており、その足がハンドルの上に伸びていた。そして、続いて漂ってきたのは、アルコールの強烈な臭さだった。そして、その臭さに鼻をつまんだ次の瞬間 
「どうしましたぁ~?」
 背後からそんな声が聞こえ、振り向いてみると懐中電灯を持った警官が2人立っていた。 
 その後、オレはその警官に簡単な事の顛末を話し、その運転席で泥酔していた40代ぐらいの男は警官に何度も起こされるも眠り続け、そうこうしてるうちに気がつくと上半身裸で、しかも、金属バットを持っていたオレは約20名ぐらいの見物人に囲まれていた。それ以降、更に近所の人たちからオレはキチ〇イ視されることになったが、結局あのクラクション男は多分、その約2週間前ぐらいに千葉から出張で、この東京都下の立川に働きに来ていたのだろう。で、そのうちあまりにも仕事が忙しく、いちいち帰れなくなった男はオレの家の裏の整地を見つけ、そこを駐車場にし、しかも夜になるとベロベロに酔っ払って車の中で寝ていたんだと思う。そして、奴の足が時には車のクラクションを押して鳴らしていたものの、酔っ払ってるのでそのことには全く気がつかず、朝になると再びその車で仕事現場に向かっていたのだろう。 

 

 ま、ボキにとっては、これも一種の罰だと思う………。 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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