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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

うそつき太郎の生まれ方

 虚言癖という病気がある。
 そう、人と接する時、どうしても嘘をついてしまうという性質だ。
 オレが時々顔を出す飲み屋の店員に、明らかにこの病気にかかっている奴がいた。オレに直接話し掛けてくることはほとんどなかったので、その虚言を受けることは無かったが、その店の店長の話を聞くと、その40代前半ぐらいの店員はスタッフ間において、とんでもない事ばっかり言っているというのである。
「来週、ボクが発注したフェラーリが外国から届くんです」
「実は自分の親父は有名なヤクザの組長で、今までに10人以上人を殺してるんです」
「昔、猛烈に忙しい時があって、その頃は東京~福岡間を車で200キロぐらい出して往復してましたよ」
「今も調子が良けりゃあ、日本酒の一升瓶を7~8本空にすることだって出来ますよ」
 いや、普通の酒場のアルバイト店員をやっていて、これだけの嘘はまずつけない。そう、2秒でばれてしまい、以後は何を言っても「はい、また○○くんの嘘が始まりましたよぉ~」というツッコみが入るはずである。ところが、この酒場の店員たちは店主も含めて皆いい奴らでね。毎回、何を言ってきても「へぇ~、そりゃ凄い」とか「ハンパないですねぇ~」とか返すだけで、決して「じゃあ、そのフェラーリを見せてくれよ」とか「ちなみに、○○さんの親父さんって何組なの?」とツッコむ奴はいなかったのである。

 てか、オレも昔、友達のキャームがやってたブティックの前にテレビゲーム屋があって、やっぱしソコの店長が時々虚言癖めいたことを口にすると聞いたことがあった。キャームによると、その店長の彼女の友達に歌手の浜崎あゆみがいて、ある日、青山の方にあるレストランの裏口から、その店長と彼女と浜崎あゆみの3人が入れてもらって、食事をしてたところ、その店長の彼女がトイレに立った。すると、浜崎あゆみが自分のケータイ番号を教えてきて「今度2人でどっかいきましょうよ❤」と言ってきたという。
 ところが、キャームが「その電話番号を見せてくれよ」と店長に言うと「いや、実は割り箸が入ってる紙の袋に書いてもらったんですけど、それをドコかに失くしちゃって……」と返してきたというのだ。また、ある時は「宝クジに当たっちゃいましたよ!」と言ってきたので、「スゲー!! じゃあ、ヨーロッパ旅行にでも行こうぜっ」と頼んだところ、「いや、それが当たったと言っても2等なんですよ」という答えが返ってきたらしいのだ。
 つまり、そのゲーム屋の店長は確かに虚言癖を持っているのだが、どこか小心者で、ちゃんとその嘘がバレないような逃げ道を作っているのである。で、それに比べると飲み屋の虚言癖の方は、ま、全然追い詰められないこともあるのだろうが、それにしても言いたい放題というか、完全に性格の一端が崩壊していると言ってもいい奴だった。てか、そこまでの虚言癖になったのは一体何が原因なのか?と思っていたら、飲み屋の店長がこんな話をしてくれたのである。

「元々、奴は車のディーラーで営業をやってたらしくて、入社2年目からみるみる成績が上がっていったみたいなんですよ。でも、一つ所に何年もいるのは性に合わなかったらしく、いくつものディーラーでトップの成績を上げてきたらしいんですけど、それでも飽きちゃって、今はこうしてウチの店でバイトしてるみたいなんですけどね」
 そう言って、客にカクテルを運んでいる、その店員の背中を視線で追う飲み屋の店長。気がつくと、オレもその店員を眺めていた。そして、ハッ!とある事がわかったのである。
 そう、つまり、その店員は最初のディーラーで働き始めてから数カ月後に、驚くこと、意外なことを言うと客の気を強く引くことが出来、それがそのまま営業成績のアップにも繋がったのだ。が、普通の1人の人間には、そうそうビックリすることや意外なことは起こるもんではない。が、客は自分が話す“予想外”を待っている。で、どうしたかというと、それで嘘をつき始めたのである。が、あまりにも嘘が多いと人間は身動きがとれなくなる。んで、別のディーラーに移り、そこでまた嘘をしこたまついて、また別のディーラーに職場を変える。その繰り返し。が、それにも限界があるので、こうして飲食の世界へと逃げ込んできたに違いない。

 ま、でも、オレはその店員には嘘をつかれたことがないので、店に行って飲み物を運んできてくれると「お、ありがとー」と極普通に対応していたのだが、実はオレもその店員による被害を半年以上前から受けていたのである。実はその前の年、その飲み屋の店長に「そういえば板谷さんって、サザンオールスターズのコンサートとか行かないんですか?」と訊かれたことがある。しかも、その質問にまだ答えてないうちに、その店長から次のような言葉が続いたのだ。
「いや、ボクの知り合いに、ソイツの父親がサザンの桑田圭佑と大学時代のクラスメイトだって奴がいまして、ソイツに言えば親父さんに頼んで大抵の席は取ってもらえるらしいんですよね。だから、もし板谷さんもサザンのコンサートに行きたいと思ったら是非ボクに頼んでくださいよ」

 で、そこまで言われれば、オレも仲間内でサザンオールスターズが好きな奴を探したところ、1人だけメタメタ桑田圭佑が好きな女性がいたんで、彼女に「サザンのコンサートのチケットを取ってあげようか?」と言ったら「ええっ、サザンのコンサートのチケットってプラチナだよっ。ホントに取れるんなら、いつでもいいから取ってよ!」と返された。そして、そのことを飲み屋の店長に伝えたのだが、気づけばそれから既に8カ月近く経っているのである。もちろん、桑田好きの女性からも何回かは「ねぇ、サザンのコンサートのチケットって、まだですかぁ?」とメールで急かされていた。よって、次にその飲み屋に行った時にサザンのコンサートのことを店長に尋ねてみたところ、
「あ……その話は、すっ……すんません、忘れてください」
「はぁ?」
「いや、実は自分の父親がサザンの桑田とクラスメイトって言った知り合いってのが、例の虚言癖の男でして、奴が去年この店にバイトとして入ってきた時には、まだそんなに嘘をついてなかったんで、桑田の話はてっきりホントだと思ってたんですけど、今考えると99.9%嘘ですね」
「おい、マジかよ……」
 オレは、しばし脱力した後で、その飲み屋の店内を見回した。そう、この際だから、その虚言癖野郎を唸り飛ばしてやろうと思ったのだ。が、また、そういう時に限って、ソイツがバイトに出てきてないのである。さらに、その次に同飲み屋に行ったところ、その店の店長が笑いながら次のような言葉を掛けてきた。
「板谷さん、あのうそつき太郎はバイト辞めちゃいましたよ」


 虚言癖って無責任に聞いてる分には面白いけど、実際に自分に飛んでくると腹立つね……。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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