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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

ハムの禿げ散らかし騒動

 今から5年前、後輩の女漫画家、沖田×華にショックなことを言われた。
「ゲッツさんって、あと5~6年で脳天が禿げちゃいますね」
 そう、こんなセリフを香川県まで一緒にうどんを食いに行った、ある日の昼間にいきなり頭を眺めながら言われたのである。オレはどちらかというと頭髪は濃い方で、だからそれまでは誰にも禿げそうなんて言われたことがなかった。で、それ以後も沖田と会う度に「いゃぁ~、あの時はマジでショックだったよ。だって、いきなりあと5~6年で禿げるなんてお前が言うからよぉ~」って言っていたら、ある日、彼女から小さなスプレー2本と沢山の錠剤を渡された。
「な、何だよ、これ?」
「アメリカの毛生え薬です」
「えっ………」
「そのスプレーを1日1回脳天にかけて、あと、錠剤も1日1錠飲んで下さい。禿げがピッタリ止まるばかりか、毛がワサワサと生えてきますから」
「って、おい! オレはまだ禿げてねえって! つ、つーか、仮に禿げても、普段からこんな頭髪を短くしてんだから、オレは気にしねえって!」
「そうですか? ゲッツさんと会うと、毎回禿げるって言われたって私を責めるんで、なら禿げ止め薬をあげたらいいかなって思ったんですよ」
「だからっ、オレはまだ禿げて……ま、まぁいいや」
 自宅に帰ってきてから、沖田に貰った薬を机の上に並べてみた。そして、オレは自分の気持ちを整理してみることにした。

“おい、板谷。お前は、自分が禿げることを気にしてんのか?”
(まったく気にしてないって言えば嘘になるけど、オレだってもう50を過ぎてんだから、冷静に考えたら禿げたら禿げたでいいと思ってるよ)
“ホントかぁ~?”
(ホントだよっ! オレは別にどこかに勤めてるわけでもねえし、脳天が禿げてきたら、もうスキンヘッドにしちゃったっていいと思ってるもん)
“わかったよ。じゃあ、その机の上に並んでる薬はどうするんだよ?”
(いや、まぁ、捨てるのも何だから、とりあえず端っこに置いとくよ)
“はははははっ。……まぁ、いいや”

で、それから3週間ほど経った頃、オレの家に「ハム」って呼ばれてる男の後輩が遊びに来た。何でハムって呼ばれているかというと、ソイツは体格は180センチ以上、体重も120キロ近い巨漢なのにもかかわらず、顔が小動物のハムスターのような可愛い作りなので、それを縮めてハムと呼ばれているのだった。
「板谷さん、それって何スか?」
 オレの仕事机の端っこにある2本のスプレー缶、それを指さしてくるハム。
「ああ、これは前に漫画家の沖田に貰った毛生え薬なんだけど、オレは使わねえからさぁ」
「……板谷さん、1つお願いがあるんですけど」
 急に真剣な様子になるハム。
「え、何?」
「使わないなら、その薬を、うっ……売ってもらえませんか?」
 そう言われて、ようやくオレもピンときた。ハムの頭髪、その脳天部分は禿げているというわけではなかったが、少し薄くなっているのだ。で、ハムはわりかしお堅い会社に勤務しているので、頭をスキンヘッドにするわけにもいかず、そのことについては長年悩んでいたに違いなかった。
「じゃあ、このスプレーは2本ともやるよ」
「いや、ちゃんとお金を払いますよ」
「だって、オレも沖田からタダで貰ったものだしさ。あっ……あと、コレも持ってけよ」
 そう言って、机の引き出しの中からスプレー缶と一緒に貰った錠剤を取り出すオレ。
「スプレーは1日1回を脳天に。それから、この錠剤も1日1錠飲んでな」

 で、それから2ヵ月後。オレがハムに毛生え薬を渡したことなんかとっくに忘れていた晩、そのハムからオレのケータイに電話が掛かってきた。
「おお、ハム。久しぶりだなぁ~!」
『あっ……はい』
「おい、どうしたんだよ、元気無えなぁ~! ……あっ、そう言えば、あの毛生え薬って使ってるか?」
『それがですねぇ………いま、それで生きるか死ぬかの事態になってるんですよ』
「はぁ!? い、生きるか死ぬかの事態?」
『いや、実はあの2本のスプレー缶に入った薬は1カ月半ぐらいで無くなっちゃいまして、しかも、スプレーをかけた脳天の毛が更に薄くなっちゃって……』
「ええっ!!」
『先日も洗面台の鏡の前で髪をクシでとかしてたら、1番下の7歳の娘が急に泣き始めまして……』
「えっ、何で?」
『娘曰く“お父さんがクシで髪をとかす度にドンドン髪の毛が抜けて、このままじゃお父さん死んじゃうよぉぉぉっ~~~!!”って泣き始めたんですよ』
「……………」
『で、スプレーの薬は半月前に無くなっちゃって、今、ボクの頭って脳天が完全にツルツルになって、アルシンドみたくなってます……』
 で、慌てて電話を切ったオレは、そのまま返す刀で沖田のケータイに電話。
『え、じゃあ、ツルツルの状態のままなんですかぁ!? フヒャハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』
「おいっ、笑い事じゃないっつーの!! ハムの奴、今にも自殺しそうな感じだったぞっ!
『いや、あの薬をつけると、確かに最初は髪の毛が完全に抜けちゃうんですよ』
「はぁ……?」
『でも、2~3日もすると今度は急に毛が生えてくるようになるんですよ。でも、そのゲッツさんの友達はツルっ禿げになった状態で薬が無くなっちゃったから、ブッ……ブハハハハハハハハハハハッ!! そ、そのツルっ禿げの状態が今も続いてるんですよ。プハハハハハハハハハハハハハハハッ!!』

 その後、沖田は自分のマンションにある旦那が使ってた残りの2本のスプレー缶をオレの家に送ってくれ、更にそれが無くなった時のことを考えて、そのアメリカの毛生え薬が買えるネット上の会社の連絡先も教えてくれた。
 で、それから数カ月後。ハムの脳天の毛はフサフサとまではいかないが、以前よりも全然黒々となっており、奴の娘も最近では自分の父親が洗面台で髪の毛をクシでとかしてるのを見て、嬉しそうに笑っているらしい。



 しかし、確かに頭がアルシンドみたくなった時点で薬が無くなったら、そりゃあ人によっちゃあ死にたくもなるわな。ハム、悪かったね(笑)。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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