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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

初めて目の当たりにしたハッチャキの激怒

 美術の専門学校時代の友だち、それが今でも3人いる。
 ハッチャキ、マッちゃん、ホーサクだ。ま、ホーサクは三重県のド田舎に住んでいるので滅多に会えないが、ハッチャキとマッちゃんとは割と頻繁に会っている。

 専門学校でもハッチャキとマッちゃんは特に仲が良く、同学年として専門学校に入ったオレたちは、オレが2浪して入学したので1番年が上。その1歳下には現役で専門学校に入ってきたのだが、高校の時に1年留年しているハッチャキで、更にその1歳下に現役で入学してきたマッちゃんとホーサクがいた。
 オレは専門学校1年の時にハッチャキとクラスが同じだったので仲が良かったが、マッちゃんとは違うクラスだったので全く交流がなかった。マッちゃんは童顔でヒョロリとしており、が、武田久美子を男にしたような美男子だったので、学校でも違うクラスの女生徒たちでさえ彼のファンクラブを極秘で作ってたほどだった。で、ハッチャキとマッちゃんも違うクラスだったが何で最初から仲が良かったのかというと、出身地がハッチャキは福岡、マッちゃんは宮崎とどちらも九州でしかも偶然にも借りたマンションが同じだったのである。

 ところが、1年でウチの専門学校を留年して辞めてしまったハッチャキは、他の2年制の美術の専門学校に入り直し、オレやマッちゃんが入っていた3年制の専門学校と同じ年に卒業になったのだ。そして、ハッチャキはその後、新宿の歌舞伎町でポン引きの仕事を半年以上した後、地元の博多に帰ることになり、マッちゃんは東京のデザイン会社で引き続き働くことになった。その際にハッチャキのお別れ会をすることになり久しぶりにオレたち3人が揃った。そして、その飲み会の席でハッチャキがオレとマッちゃんを見て、こう言ったのである。
「俺は福岡に帰るけど、たまに東京に出てきた時、君たちが仲良くなってれば3人で色々楽しめるから、板谷くんと松山くん2人でも遊んでくださいよ、ね」
 で、割と素直だったオレとマッちゃんはその通りに仲良くなり、月に1回くらいのペースで会うようになった。が、実際に付き合い始めてみると、前記のようにマッちゃんは一見可愛く見える男だったが、実は性格は意外と九州男児で、ヤンキーなどはやってなかったが下北沢のマクドナルド前で高校生とケンカになって、マックの大きなガラスをブチ破ったり、またある時は井の頭線のホームでサラリーマンとこれまたケンカになって駅のホーム下に落ちたりする、オレと一緒の時は常に愛想は良かったが、いざとなると一歩も引かない男になっていたのである。

 ハッチャキが福岡に帰ってから20年以上が経って、不意にまたハッチャキが東京で生活することになった。それまでハッチャキは福岡で親に紹介されたデザイン事務所で働いていたが、10年前に社長と仲違いして会社を辞めた後、ズーっとパチプロとして生活していた。が、ある日、何故かオレの旧友のキャームから福岡にいるハッチャキの元に電話が入り、キャームが働いているコーヒーマシンの修理を請け負っている会社が人を募集しているから一緒に働かないか?と言われたとのこと。で、ハッチャキにも嫁と娘がいて、いつまでもパチプロを続けているわけにもいかないので、そのまま単身でオレんちから5キロほど離れたキャームの家の2階で下宿生活を始めることになったというのだ。そう、ハッチャキとキャームは、それまで5~6回ぐらいしか会ったことがなく、そんなオレの旧友の家でハッチャキがオレの知らぬ間に下宿生活を始めたというのだから、オレとしては何だかキツネにつままれたような気分だった。

 一方、マッちゃんというと、専門学校を卒業してから勤務していたデザイン会社から4年半後に独立して自分のデザイン事務所を興し、更に5~6年経ってからは従業員の数を4人までに増やし、青山の一等地にデザイン会社を構えるまでになっていたのである。そう、かたやマッちゃんは都心のオシャレなデザイン事務所の社長、ハッチャキはキャームの元で怒られながらコーヒーマシンのメンテナンスに当たる作業員。随分と差がついてしまった。
 が、オレたちはそれからも年に3~4度は3人で会い、その他にもオレとハッチャキは近くに住んでいたために1週間~10日に1度ぐらいは顔を合わせ、また、ハッチャキはマッちゃんとも時々2人で会ってプロ野球の観戦などをしていた。更にその後、キャームの家を出て都内にマンションを借りたハッチャキは、嫁と娘も東京に呼び寄せ、ようやく一人前の生活を始めたのである。

 ところがである……。それから3~4年ぐらい経った頃から、ハッチャキがオレにマッちゃんに対する愚痴をちょくちょく漏らすようになっていた。で、それが日を追うごとに頻繁になってきた。んで、結局お前はマッちゃんの何が気に入らねえんだよ!?と尋ねたところ、要するに奴の不満は次のようなことだった。
 昔はマッちゃんの方が1歳年下ということで、2人でいると割とハッチャキがリーダーシップを取っていたが、4年ぐらい前から一緒に食事に行っても「いいよ、金は俺の方があるからココも俺が払うよ」とか言って、とにかく偉そうで可愛気が無いというのだ。オレが「そんなのオゴってくれるんだからいいじゃんか」と言うと、そういう問題じゃない、とにかくアイツは最近腐ってるという。で、続けてオレが「でも、ハッチャキが年末に自分オリジナルの年賀状を作る時は、必ずマッちゃんのデザイン事務所にある機材とかをタダで使わせてもらうんだろ?」と言うと、「それはそうだけど、とにかく最近のアイツは幾ら稼いでるか知らないけど、それを大上段にかざしてくるんだよ!」と更に怒りのテンションを上げる始末だった。
 で、ある日、そんなマッちゃんと本気で話し合いたいから、ちょっと板谷くんの家で飲み会をやらない?と言ってくるハッチャキ。そして数週間後、夕方にハッチャキは1年ぐらい前から単身赴任で東京に出てきている高校時代からの友だちのタテノくん、そして、オレの本の読者であり、その後、同じ横浜DeNAベイスターズのファン同士ということで仲良くなったテッシ、彼らと一緒にマッちゃんもウチに連れてきて飲むことになった。

「とにかく、松山くんは最近偉そうなんだよっ!」
 飲み会が始まって20分ぐらいすると、いきなりテーブル席の対局にいるマッちゃんに向かって攻撃的な言葉を吐くハッチャキ。ちなみに、ハッチャキは歳下のマッちゃんのことを「松山くん」と呼ぶほど元々は温厚な人間で、オレは奴が他人に向かって正面からそんな強い言葉を吐いたのを目の当たりにしたのは、35年ぐらいの付き合いの中でも初めてのことだった。
「え、何が偉そうなの?」
 ちょっとだけ驚いたような感じで、そんな言葉を返すマッちゃん。
「いや、金の払いの時とかよぉ! いいよ、俺が払うからお前は座ってろよとか言うだろっ」
「友だちなんだから、金なんかある方の奴が払えばいいだけの話だろ?」
「じゃあ、俺は金が無いのかよっ!?」
「そうは言ってないじゃん。でも俺の方が今は少しは多く稼いでいるから、俺が出すのは悪くないだろ?」
「そういうところが偉そうなんだよっ。あと、この前、映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を一緒に観たら、つまんねえとかぬかしやがってよ! あれのドコがつまらねえんだよっ!?」
「俺はつまらねえと思ったんだから、そんなの俺の勝手じゃない?」
(うん、それはオレもそう思うよ……)
「じゃあ、俺も1つ言わせてもらうけど、なんでハッチャキは自分の方から俺に電話を掛けてくる時はいつも妙にテンション高いのに、逆に君から電話が掛かってきた時に俺が電話に出られなくて、後で改めてコッチの方から電話を掛けると、あんなにつまんなそうに喋るの?」
「そんなことねえよ」
「そんなことあるよ。しかも、いつもだよ。そっちの方が全然傷つくよ」
「……………………」
(えっ、そこで黙っちゃうのかいっ、ハッチャキ!?)
「てか、そんなにオレと付き合うと腹が立つんなら、もう電話とか掛けてこなけりゃいいじゃん。俺は別に困んないんだし」
「……………………」
(おい、ここでも黙ってるのかよっ!?)

 その後、ハッチャキは時々しどろもどろにマッちゃんに言葉を返していたが、そうするとマッちゃんからその10倍ぐらいの言葉が発射され、やがてマッちゃんは立ち上がると「俺、帰るわ」と言ってオレんちの玄関に向かって歩き始めた。
「ま、待てよ。にっ……逃げんのかよっ?」
 そんなマッちゃんに後ろから夢中で声を掛けるハッチャキ。
「逃げるも何もお前は黙ってるし、つまんないからもう帰るわ」
「つ、つまんないって何だよ!?」
 そう言ってイスから立ち上がると、マッちゃんに近づいてって蹴りを入れるフリをするハッチャキ。
「何だよっ、お前!」
 マッちゃんはそう言うと、今度は自分の蹴りをハッチャキの右足の脛に軽くヒットさせた。
「テメー、やりやがったなあああっ!!」
 続いてそう叫ぶと、マッちゃんの同じく足の脛に向かって蹴りを入れるハッチャキ。その後、オレと、途中からオレんちに来た図体のデカいクマが2人の間に入り、なんとかケンカは止められたのだが、しかし、ニワトリの雄同士のケンカじゃあるまいし、大の男が脛の蹴り合いって何だよ?

 で、結局そのままマッちゃんは帰ってしまい、飲み会は中途半端なまま終了。そして今、あれから早くも2年近くが経とうとしてるのだが、未だにハッチャキとマッちゃんは会ってない。
 今、あの時のことを思い出すと、ハッチャキとマッちゃんはお互い結婚はしているものの、2人の精神的な関係はモロに若い男女のカップルのようで、学生の頃は男のハッチャキが女っぽく見えるマッちゃんのことを色々な場面でリードしていたが、時が経つにつれ女っぽかったマッちゃんが完全な大人の男になったことでハッチャキが慌て始め、最後にキツい言葉の1発を浴びてノックアウトされてしまったという感じだ。
 確かにハッチャキは、そんなに楽しみじゃなかったり、自分主導で事が運ばない時は極端にテンションが低くなる。奴はそのことを自覚してないが、それで周囲の雰囲気も悪くなるのだ。
 オレは10年ぐらい前からハッチャキに「お前は飲み会の時、いつも相手にする質問が65点なんだよなぁ~」と事あるごとに皮肉まじりに言っている。つまり、それはどういうことかと言うと、ハッチャキは素人にしてはホントに感心するほど歌が上手いし、愛嬌だってあるのだがら、あとは相手が喜ぶようなことを聞いてやったり、話のスポットを合わせれば更に場は盛り上がるのに、残念ながらそれが出来ないのだ。オレは過去の飲み会やコンパで何度そういうハッチャキの姿を見てきたことか。でも、それは奴の人間的な能力が無いので興味深い質問を発せられないのではなく、自分以外の人間に殆ど興味がないから、そういう会話を思いつかないのである。

 つーか、さっきからオレは何を書いているのだろう。今回は、ただ自分の学生時代からの友だちがケンカし、もしかしたらこのまま一生絶交で終わるかもしれないということを書きたかっただけなのだ。
 ちなみに、オレが決めているのは「オレは、これからもハッチャキとは友だちとして会い続けていく」ということである。オレは決してマッちゃんのことだって嫌いではないが、やっぱり最初の通り、「ハッチャキがいるからマッちゃんがいる」なのだ。
 にしてもだよ。オレは事あるごとに、ふぅ………このハッチャキという男には迷惑をかけられているのだ、あの2年近く前の飲み会だって、なんでハッチャキはオレの家でしようかって決めたのかと言うと、殴り合いになった時にオレが止めてくれると思ってるからである。そうでなかったら、わざわざオレの家までマッちゃんを連れてくる理由なんて無いのだ。しかも今回のことで思い出したが、今から6年ぐらい前、オレはやっぱりハッチャキに天然の1発を食らっているのだ。
 その12月のある日、ハッチャキから電話があり「今年は板谷家にみんなを集めて忘年会をやらないの?」と訊いてきた。で、オレは「今年は静かに正月を迎えようと思ってんだよ」と返すと、「えっ、マッちゃんも板谷くんちでやる忘年会を今年も楽しみにしてるよ」などど言うので、仕方なく27日ごろから買い物をしたり料理を仕込んだりして着々と準備をしていたら、忘年会が開かれる1日前の29日の晩にマッちゃんの奥さんから電話があり、マッちゃんが風邪を引いたので今年はウチの家族は参加できないとのこと。で、しばし呆然とした後、ハッチャキに電話したら「ごめん。俺も仕事が入っちゃったから行けないんだよね」とか言ってんのである……。
 結局言い出しっぺが揃って欠席したにもかかわらず、オレは翌日の忘年会を開いたのだが、そのあまりの準備の忙しさに翌31日から年が明けての2日ぐらいまで風邪を引いてブッ倒れていたのだ。


 ま、ハッチャキくん。今回もキミに任せるよ。好きにしてください……。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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