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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

咆哮

 息子が通っている高校は、東京と埼玉県の境目ら辺にある。
 で、ウチの息子は電車とバスを利用して、その高校に通っているのだが、バスはスクールバスなので朝、定時にその乗り場に行かないと無くなってしまう。するとどうなるかと言うと、その駅から高校までタクシーで約3000円を使って行かなければならなくなるのだ。
 そのスクールバスに乗るためには、逆算すると息子は朝7時25分には家を出なければならないのだが、これが必要以上にドライヤーをかけてたり、やれ、Yシャツが無い、やれ、学校に持っていくプリントが見つからないとか必ずモタモタし、週に2~3日は7時25分になっても家を出られないのだ。すると、どういうことになるかと言うと、高校生のうちからタクシーに乗って高校に通わせるわけにもいかないので、オレが息子を家の車に乗せて送っていくことになる。
 高校までの所要時間は、行きが大体50分くらい。帰りは、かなり道路が空いて35~40分ぐらい。つまり、ここ1~2年のオレは、週の半分ぐらいは朝の貴重な1時間半をバカ息子のために使わねばならないのだ。で、ついでに書けば、嫁も家のことは殆どやらないので、息子を送って帰ってくると、まずは自分で朝食を作って食べ、洗濯機を回し、トイレや風呂場の掃除を軽くやり、近くのスーパーに行って食材を買い、洗濯物などを干していると、もうそれだけで昼になってしまうのだ。
 そう、オレは家族と暮らしているというのに、こんな重荷を背負っているのである。ホント、ばかばかしい。

 で、話は冒頭に戻るのだが、オレは息子を乗せて高校の正門近くに車を停め、すると息子は小声で「ありがと……」と言って車の後部座席から降りるのだ。ところが、今から少し前の時期に「ありがと」も何も言わずに降りていく音が度々あったのだ。てか、ここまでのオレの報告を聞いて「何で高校生にまでなった息子をそこまで甘やかすんだ! 遅刻したらブン殴ってもいいから、1人で学校に行かせろよ!!」って思う人も多々いるに違いない。オレも仮に自分に子供がいなかったら「そんなもん、ハリ倒してでもいいから学校に行かせろや!」と立腹してるだろう。
 でもさぁ、ほら、前にも書いたことがあるんだけど、ウチの息子って中学3年の大切な1年間にたった6日間しか学校に行かなかったのだ。そのガキが一応制服を着て高校に通おうとしてる姿を見ると、コッチとすればバカみたいだけど、それだけで大感激なのだ。で、つい息子の甘えに乗っちゃうわけだが、いや、でも、オレだって大人の男なわけですよっ。そう、ガマンするにも限度ってものがあり、つまり、早朝に50分もかけて息子を高校の正門まで送ったのに、奴から何の言葉も無いということは、つまり、息子はそのボキの行為に対して何の感情や感謝も持ってないということになり、そんなもん許せるかっつ―――のおおおおおっ!!

 で、「ありがと」抜きで車から降りてった2回目から、オレは助手席の窓を開けて叫んでましたよっ。
「おいっ、ありがとは!? ありがとはあああっ!?」
 ところが息子は、そのまま後ろを振り返りもせずにスタスタと校舎に向かって歩いていってしまうのである。当然のことながら、息子が夕方に家に帰ってきたら文句を言いましたよっ。
「テメー、なんでコッチがお前のクソ遠い高校まで行ってやってんのに、ありがとの一言もねえんだよっ!? 貴様は、どっかの国の大統領かっ、あんっ!?」
 すると、必ず一言だけ返ってくるのだ。
「ああ、ゴメン」
 ところが、それ以降も朝、車で高校まで送ってるのに息子が何も言わずに車から降りていくことが度々あり、するとオレもその度に「おいっ、ありがとは!? ありがとはあああっ!?」というセリフを息子の背中にぶつけていたのである。

 が、ある日を皮切りに息子が変わったのだ……。奴を高校の門の脇に送る度に「どうもありがとうございました」と言って車から降りるようになったのである。数日後の夕飯時、オレは息子に尋ねてみることにした。
「お前、最近、学校まで送ると“どうもありがとうございました”って礼を言ってくるけど、うふふふ……先生か誰かに注意されたのかぁ?」
「………………………」
「がはははははっ!! 図星だな、この野郎」
「毎朝、校門のところでウチの学校に向かって“ありがとう! ありがとう!”って礼を言ってるオヤジがいるって噂になったんだよ!!」
「……はぁ!?」


 とりあえず今、穴があったら入って入口をコンクリで固めちゃいたいけど、まぁ、息子の生活態度が8%ぐらい良くなってよかったです……。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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