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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

凄い人

 さて、あと1ヶ月もしない内に、ボキが書いた原作の「メタボロ」「ズタボロ」という小説が『ズタボロ』という1本の映画になって全国公開される。
 ちなみに、この映画の撮影は2014年の真夏に行われて、オレは全16日間のうち11日間の撮影を現場で見学していた。で、まぁいろいろなおもしろいことがあったのだが、その中でも最も感動したことを今回は書こうと思う。

 劇中の最後の方に当たる大乱闘シーン、それは横浜のクラブを借りて2日間で撮影されたのだが、その初日にオレは少し緊張していた。何でかというと、この日、ヤクザ役で菅田俊さんという役者が現場に来ることになっていた。ちなみに、この菅田さんは最近では2012年に映画「アウトレイジビヨンド」にも出演しており、親戚にヤクザ者が多かったオレから見ると、最も本物のヤクザに近い殺気に包まれている俳優だったのである。
 で、その撮影日の夕刻。クラブの外で電子タバコをくゆらせていると、車で突然のごとく菅田さんが現われたのだ。菅田さんは思っていた以上にバカでっかく、役用のスーツをバリッと着こなしていて、オレのすぐ前を通ったのだが、情けないことにオレは何の声も掛けられなかった。ちなみに、菅田さんのその時の年齢は59歳だったが、まったくそんな年には見えず、50歳のオレと同じぐらい活力のある男に見えた。そう、オレは久々にビビッてしまったのだ。

 その後、オレは再びクラブの中に戻って撮影を見学し、カットが入ったので何か飲もうと差し入れのジュースがあるクーラーボックスのところに行こうとした時だった。唐突に背後から「あの……板谷先生ですか?」という声が飛んできた。で、(え?)っと思って振り返ってみると、なんと、そこに菅田俊さんが立っていたのである。
 オレは返事も返さず、真っ先にこんなことを訊いていた。

「あ、あの……菅田さんは身長は何センチなんですか?」
「187センチです。……板谷先生。今回はお書きになった原稿が映画になって、どうもおめでとうございます!」
「あっ……ありがとうございます」
 そう言いながらオレは菅田さんに何度も頭を下げると、菅田さんはオレの両腕を軽く抑えながら、
「いやいや、とても素晴しい話で完成が楽しみですね。……それじゃあ失礼します」
 と言って離れていったのである。
 オレは暫くの間、何も出来ずにその場に佇んでいた。オレより9つも歳上の、もう映画やドラマなどにも数えられないくらいに出演している俳優さんが、このインチキライターを“板谷先生”と呼んだのだ。いや、映画の世界では、監督と同じくらいに原作者というのは大切にされていることはわかる。それにしても“板谷先生”とは……。なんだか親戚のヤクザの叔父さんに“コーイチおぼっちゃま”と呼ばれたのと同じような気がして、その胸の異常なザワつきはなかなか収まらなかった。

 そして、中1日空けた次の日。その日も横浜のクラブにオレは撮影を見学しに来ていたのだが、途中でカットが入ったので落ち着きのないオレは、またしても電子タバコを吸いにクラブの外に出ようと館内を歩いていると、大広間になっているスペースにあるテーブルに菅田さんが1人で座っていて、さらに近づいて様子を見てみると台本を持って、その内容を集中して覚えてるようだった。

(邪魔しちゃいけない………)

 そう思って菅田さんの脇を静かに通り過ぎようとすると、その菅田さんの顔がパッとこちらに向いて、
「あっ、先生どうも」
 という挨拶が透かさず飛んできたのである。
 その後、菅田さんと話しながらも何気に彼が持っていた台本を見ると、ナント、それは別の映画の台本で、つまり、菅田さんは「ズタボロ」で自分が喋る分のセリフはもう完璧に覚えているので、この空いてる時間に次の現場のセリフを覚えていたのだ。
「すいません、菅田さん。一緒に写真撮ってもらえませんか?」
 オレが調子に乗ってそう頼むと、彼は「いいですよ」と笑顔で真横まで近づいてきたので、オレは自分のカメラを一緒にいた友達に渡してシャッターを何度か押してもらい、その友達も菅田さんと一緒に写真を写して欲しいと言ってきたので、オレは自分のカメラで何度かシャッターを押したのである。
 それから約2週間後。オレは自分のカメラに入ったポジを現像しに行き、店から帰ってきて、その紙焼された一連の写真に目を通していたところ、あることに気がついたのである。オレの男友達と菅田さんのツーショット写真では菅田さんは普通に立っているのに、オレとのツーショット写真では2枚とも微妙に体を縮めているのだ。
 そう、菅田さんは背が高く、自分が出演する映画の原作者であるオレとの身長差を露骨に1枚の写真に出しちゃいけないと思って、咄嗟に縮こまっていたのである。


 いゃあ~、オレが女だったら、この時点でビショビショに濡れてたぞ……。
 つーことで、そんなプロ中のプロの菅田さんも登場する「ズタボロ」を必ず劇場で観てね。テレビで観るのとは迫力が全然違うからね!

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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