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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

オレが逃した7700万円

 姐さん、事件です……。
 
 今から約4カ月前、オレは当コラムに次のようなことを書いた。
 1995年の12月、オレはアメリカ本土にNBA(アメリカのプロバスケリーグ)の試合を見に行った。そして、日本に帰ってきて、高田馬場にある行きつけのスポーツカード屋に行くと、その店の店長からマイケル・ジョーダン(以下、MJ)のルーキーカードが入ったと告げられた。 
 ちなみにルーキーカードというのは、その選手がプロデビューした最初の年に刷られたカードのことで、そのカードにプレミアが付いて高額になることが多いのだ。ましてや、NBAのスーパースター、MJがデビューした1984-85シーズンは、まだちゃんとしたNBA選手のカードは刷られていなかったのだ。で、flair(フレア)というスポーツカードメーカーがNBAカードを作り始めたのが1986年だったので、その年に特別に1年前にデビューしたMJらのルーキーカードも刷られたのである。
 ちなみに、現在は複数のカードメーカーがその年にデビューしたスター選手のルーキーカードを何種類も刷っているが、とにかくMJのルーキーカードというのは、そのフレア社のしか無く(いや、厳密に言うと「スター社」という即消えてしまったメーカーもMJのルーキーカードを刷っていたが、そっちの方はルーキーカードとは認めないファンが多い)、MJのカードマニアとすれば是非とも入手しときたい1枚なのだ。
 で、オレはその高田馬場のカード屋の店長に「板谷さんだったら特別に14万円でいいですよ」と言われ、そのルーキーカードを見せられた。そのカードはとんでもなくコンディションが良く、特にこの年に刷られたカードというのは、まだ印刷技術が低かったため、真ん中にくる写真を囲っている四方のパンの耳ならぬカードの耳が均等になっているものが少なかった。ところが、そのカードというのが上下、左右とも、そのカードの耳がバッチシ均等になっていて、しかも、カードの四隅の角もキッチリと尖ったパーフェクトなコンディションだったのである。

「えっ……こ、これが14万円でいいの!?」

 カードマニア以外の人が聞いたら、たかだか1枚の、それもスポーツカードに14万円もの値が付くこと自体が異常だと思うだろうが、その当時のMJルーキーカードの相場はカードのコンディションもよるが大体1枚15万円~30万円だった。もちろん、この時のカードのコンディションはパーフェクトに近かったから、30万円と言われてもビックリしなかったが、それが半額以下の14万円でいいと言うのだ。
 が、結局オレは、そのルーキーカードは直前に行ったアメリカ旅行で大金を使っていたために買わず、自宅に帰ったら幼馴染のキャームが遊びに来たので、そのカード屋でのことを話すとナント、奴は翌日にオレをそのカード屋に付き合わせ、MJのルーキーカードを14万円で買ってしまったのである。ちなみに、キャームは本来ならそこまで熱心なカードマニアではなかったが、とにかくオレに対して、ライバル心があり、そのルーキーカードを買えばオレにデカい顔が出来ると思った節が強かった。

 そして、それから26年が経った一昨年、そのキャームが心筋梗塞で死んでしまったのである。するとキャームの兄ちゃんが昔、キャームと一緒の仕事をしていたハッチャキという友達に、弟が持っている沢山の車の工具を売りたいんだけど、どこか高く買い取ってくれるところを知らないか?と電話してきたという。で、ハッチャキは「いや、自分は車のことは全然詳しくないんで、すいませんが知りません」と答えたらしかったが、オレの頭にはキャームが持っていたMJのルーキーカードのことが過ぎった。 
 そう、あのルーキーカードは今では50万円ぐらいにはなってると思ったが、もちろんキャームの兄ちゃんはそのことを知る由もない。だから、自分がキャームの兄ちゃんのところに顔を出し、「全部で2~3万円にしかならないと思いますが、オレがキャームが持っている全部のバスケカードを売ってきてあげますよ」と言えば多分、キャームの兄ちゃんは喜んでカードを出してくるはずである。そして、オレはその中からMJのルーキーカードを探し出し、それを……と、そこまで考えてオレはフッと我に返った。

(バカ野郎!! 貴様は何を考えてるんだっ。そんなことをしたら、お前は一生キャームに対してとんでもない罪悪感を抱き続けることになるんだぞっ! たかが50万円ぐらいで、お前は大切な友達に唾を吐くつもりなのか)

 結局オレは、キャームの兄ちゃんに連絡することはなかった。そう、オレはMJのルーキーカードには縁が無かったのだ。 と、そう思っていた数カ月後。オレの元にとんでもないYahoo!ニュースが飛び込んできた。
 ナント、アメリカでMJのジェムミント10(つまり、最高のコンディション)のルーキーカードが1枚7700万円で落札されたというのだ。………言葉も出なかった。
 その後、オレはネットでMJのルーキーカードのことを色々調べた。それによるとアメリカでもMJのルーキーカードは2019年12月まではジェムミント10の状態で330万円ぐらいの価値しか付いていなかった。いや、もとい! 330万円もの値になっていただけでもビックリだったが、それから2年後に今度は1枚7700万円で買った奴がいたのである。
 ちなみに現在、MJのルーキーカードは市場に18000枚ぐらいが出回っているそうで、そのうちの316枚がジェムミント10の状態らしいのだ。まぁ、MJはアメリカ人なので当然に、本国での流通が1番熱くなると思ったので、オレは次にMJのルーキーカードが日本でいくらぐらいで売買されているか調べてみた。 
 それによると、ジェムミント10が10点だとすると、楽天市場では6.5点のルーキーカードが約140万円。7.5点が約157万円。8.5点が約347万円。9点が522万円……。
 で、この値段から考えると、キャームが持っていたMJのルーキーカードは最低でも600万円の値が付くことは確実である。つまり、アメリカみたいに、何かで超金持ちになった奴が自己満のためにMJルーキーカードに7700万円の金を出すという、まさにドリームストーリーのようなことは日本では無いにしても、超冷静に、超シビアに見積もってもキャームのMJルーキーカードは600万円で売れるのである。しかも、この先、どこまで値が上がってくか……。
 つーことで、オレは一大決心をしてキャームの兄ちゃんのところに行こうとしたが、やっぱり直前で行くのを止めた。

 実を言うと、キャームの兄ちゃんは20代の前半から統合失調症という重い精神病にかかっている。で、キャームが生きている時、オレは奴に市役所に申請すればキャームのお兄ちゃんは毎月障害者年金を貰えるようになるぜ、と言ったことがある。すると、キャームからは次のような答えが返ってきたのだ。
「いや、アイツは精神病以前に、元々怠け者だから金なんか入ってくるってわかったら、それこそ全く働かなくなっちまうよ、俺はアイツのために、そんなことをしてやるつもりは1ミりも無え!」
 つまり、オレが超親切心を出して、仮に600万円で売れたMJのルーキーカード代をすべてキャームの兄ちゃんに渡してしまったら、キャームの兄ちゃんはとりあえず今の仕事を2秒で辞め、それこそ近所の酒場などで飲み歩く生活が始まるが、誰かに金をしこたま奢るハメになり、1年もしないうちに破産してしまうだろう。そして、それをあの世にいるキャームが知ったら………。 

 


 つーことで、あらかじめ言っときます。さようなら、MJのルーキーカード。残念です(涙)

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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