MENU

ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

宏美マニア

 ここ4~5年、オレはすっかり讃岐うどんの本場、香川県でうどんを食べることにハマっている。
 で、そのうどんの聖地にも友達や知人が割と多く出来たが、その中でも特にオレが仲良くさせてもらっているのが合田くんと宏美ちゃんだ。ま、合田くんのことは当コラムでも何度か書いているので置いておくとして、今回は宏美ちゃんの魅力について書かせてもらおうと思う。

  オレと宏美ちゃんの出会いは、ホントに呆気なかった。香川在住の女性の知人が、地元の美味しいうどん屋を教えてくれるということで、その待ち合わせ場所に 指定してきたのが、香川県の中でも特に山間部にある宏美ちゃんの実家、岡製麺所といううどん屋だった。が、その知人が岡製麺所にしょっちゅう来ていたと か、宏美ちゃんの知り合いだったというわけではなく、その知人がたまたま少し気にかかっていたうどん屋というのが岡製麺所だったのだ。
 で、その 頃、オレは個人的にカルボナーラうどんというメニューにハマっており、この店でもそのうどんがあったので頼んでみたら、同店の迫力のある顔をしたお父さん が打つ麺が絶妙に生玉子、バター、コショウにマッチして相当に旨かったのだ。で、大満足でその知人との記念スナップを店内で撮ったのだが、その記念スナッ プの端っこに写り込んでいたのが同店で働いていた宏美ちゃんだったのだ。が、オレは特に気にもかけなかった。
 それ以降も、その知人や合田くんと の待ち合わせ場所に岡製麺所がなり、宏美ちゃんとも徐々に仲良くなっていった。ちなみに宏美ちゃんは、オレの13歳下の現在30代の後半。何年も前に結婚していて、旦那さんが宏美ちゃんの家に婿入りしており、女の子供が2人いて、店の裏手にある家に住んでいるようだった。

 で、宏美ちゃんと知り合った同じくらいの時期に、オレはもう1組、とある地元のカップルとも仲良くなっていたのだが、その女の子の家がたまたま岡製麺所の近くだったらしく、「最近、あのうどん屋の娘さんとも仲良くなったんだよ」と言うと、そのカップルの女の子は笑い始めたのである。「何で笑うの?」と尋ねてみると、あの岡製麺所の店主のお父さんは、実は自分が通っていた高校のバレー部のコーチをやっていた人で、割と恐い人だったんだけど、その娘さんは凄く天然な人で、今までにあの製麺所の前の坂道を大声で歌を歌いながら上がり下がりしているのを何度も見かけているというのだ。そして、それ以後、オレの中での宏美ちゃんも少し天然色に染まり始めた。
 その後、確か5回目に香川を訪れた時、オレは仕事を辞めてニートになっていた弟のセージと、その嫁のミカも連れて行ったのだが、奴らにも岡製麺所のうどんを食べさせたところ、2人とも一発で同店のうどんが気に入ったのである。
  実のところを言うと、オレは何で香川県までセージを連れてったかっていうと、それまでのセージは運送の会社にばかり入ったり辞めたりしていたので、今回の旅行でひょっとしたらうどんを気に入り、その結果、うどん作りの修業をやりたいとか言い出すんではないか、という期待も少しあったのだ。で、香川から帰ってきて、セージに「なあ、香川に行った2日目に、オレの友達の女の人が働いていたうどん屋に行ったろ? お前、あの店で3ヵ月ぐらい修行させてもらう気ってない?」と尋ねたら、食い気味で「やる!」という答えが返ってきた。
 その晩、オレは宏美ちゃんにツイッターのDMで、ウチのセージに3ヵ月間ぐらい岡製麺所で修行させてもらえないか、という文章を送った。もちろん、無給で、泊まるところもコッチで探すし、仕事中はタバコも吸わせませんから、という約束も一緒に送った。で、返事が来るのはどうせ早くて明日だろうから、とりあえず風呂にでも入ろうと思った時、まだDMを打ってから5分と経ってないのに既に返信があり、開いてみると宏美ちゃんから次のような言葉が返ってきていた。

『現在、ウチの店の責任者は私の父で、父はとっても厳しく、平日は郵便局に勤め、そして、休日はウチのうどん屋を手伝ってる私の主人でさえ、未だに皿洗いしかやらせてもらっていません』

 で、ソレを読んでオレがアワアワしてるうちに、間髪を入れず第2弾のDMが届いていた。

『もし、私が店の主人になっていれば、セージさんにも喜んで働いてもらうのですが、そんなわけで残念ながら今のウチでは難しいと思います。ただ、うどん作りの修業がしたければ、琴平町にうどん学校があり、そこで------------』
 結局、宏美ちゃんからのDMは、それから第5弾目まで鬼のような速さで飛んできて、とにかくうどんの修業をやりたければ香川に学校があるから、ソコに通ってみればいいと思います、といった内容が書かれていた。
(えっ……………)
  その時、オレの全身は痺れていた。そのDMを送ってくる速さに、事態を一刻も早く悪い方向へは行かせないようにしようという宏美ちゃんの必死さと優しさがこもっていた。オレは自分の甘さを恥じた。と同時に、この時から宏美ちゃんと言葉だけじゃない、本当の友達になれる気がした。

 以後、オ レは香川に行く度に岡製麺所に行くのは勿論のこと、宏美ちゃんの仕事が休みな火曜日には、合田くんと共に飲みに行ったり、車で隣県にある道後温泉に行った りもした。また、宏美ちゃんは酒の飲み方も豪快で、おまけに女らしい体型をしているのに昔、大型バイクを乗り回していたというのだ。しかも、車の運転も乱暴ではないが、正に“男の運転”といった感じで、ハンドルをズ-------ッと片手で持って運転するわ、カーブの時もエンブレだけで豪快に曲がって行くことが多 いのである。
 さらに若い頃の話を聞いてみると、昔OLをやっていた時に付き合っていた彼氏の家はうどん屋で、宏美ちゃんがOLを辞めて自分ちの うどん屋で働くようになってから、彼氏のことは嫌いじゃなかったが、将来はうどん屋の主人になる者同士、ズ-------ッとは付き合えないと思って別れてしまっ たという。そう、宏美ちゃんは外観からは想像もつかない、男のような生き方というか、性格を持っていたのだ。
 往々にして、こういう性格の人は立派だが、遊んでみるとスグに退屈することが多いものなのだが、宏美ちゃんは例の天然ぶりもあって一緒にカラオケに行くと、ある回は、部屋のソファーの上に 直接立って踊りながら歌いまくったかと思えば、別の回には初音ミク張りの電子音のような歌声を出し続けてオレらのド肝を抜いたりするエンターティナーでも あるのだ。

 そして、香川に10回目に訪れた時である。宏美ちゃんがオレの本にサインが欲しいという。もちろん、そんなことを彼女が言ってくるのは初めてだった。
  で、そんなもんいくらでもと思ったら、今回の板谷さんのサイン本は今から1年前に亡くなった女の常連さんの家に供えさせてもらおうと思っていると言う。ちなみに、オレの本の読者だったというその常連さんは、お寺の住職と結婚していたが、1年前に大好きなスキューバダイビングをやっていて事故に遭い死んでしまったらしい。
 そう、2年前にオレのツイッターでオレが岡製麺所に顔を出していることを知って驚いたその常連さんは、宏美ちゃんに是非、サインをもらってきてくれと頼んだらしいのだが、頼まれた宏美ちゃんは何だかオレにそれを言い出しにくく、そうこうしてるうちにナント、その女の人が死んでしまったのだ。

 この時も、オレの全身は痺れていた。今から2年前には既にある程度仲良くなっていたにもかかわらず、オレにサインをくれと言い出せず、その結果、仲良しの常連さんにホントに悪いことをしたと思い、今回サインをしてくれとお願いしてきた宏美ちゃん。てか、別にオレは売れっ子の作家じゃないし、サインなんて今でも書くのは少々恥ずかしいが、宏美ちゃんに頼まれたなら、そんなもん20枚でも30枚でも書いてあげたのに……。ホントに気を遣う人だなぁ~。

 あ、気を遣うといえば、ココでもう1人の香川の友達、合田くんのことを1つだけ書かせてくれ。この香川県は観音寺市に住む合田くんも、宏美ちゃんと知り合ってからは彼女を非常に大切に思っている。オレが初期の頃に岡製麺所に行くと、必ず頼んでいたカルボナーラうど ん。このうどんは、釜たまうどんにバターと黒コショウを混ぜると、まさしくパスタのカルボナーラのような味になるのだが、岡製麺所では黒コショウではなく 普通のコショウを混ぜていた。が、このカルボナーラうどんに関しては、誰が何と言おうと黒コショウを混ぜた方が旨いのだ。で、オレがそのことを宏美ちゃん に言おうとしたら、合田くんが小声で「いや、宏美さんは、あのコショウでこだわってるかもしれないから、言わない方がいいですよ」とささやいてきたりする のだ。
 そう、合田くんは人に対する気遣いを足し算ではなく、引き算ですることができるのだ。てか、普通は人に気を遣ったら相手にもソレを気づいて欲しいから、ついわかり易い足し算でしてしまうことが殆どだが、合田くんは言わなくては誰も気づかない引き算の気遣いをすることができるのだ。単純なこ とだが、つくづく大した奴だと思う。

 さて、話を戻そう。つーことで、香川に友達を連れてって宏美ちゃんに会わせると皆、何故か1発で彼女のことが気に入ってしまうのだ。それは何故なのか……。
  ま、彼女は店をやってることもあり、知り合いの人には必ず少しでも得をしてもらおうといつも思っている。そう、まだ若いんだけど“皆の母親”のような一面 を持っているのだ。そして、彼女と交流しているうちに、宏美ちゃんの男っぽさ、女っぽさ、母親っぽさ、そして、天然成分配合の大きな包容力にみるみる包ま れていくのだ。
 東京には、生意気にも多人数を意識している割には小難しい、どうでもいいような下らないこだわりに自ら支配されている女が吐いて捨てるほどいる。そういう女は往々にして、他人の情報には平気で首を突っ込んでくるが、自分の情報は極力明かさないようにしている。ホントにつまらない生き物だ。そんな中、東京から750キロ以上離れた香川県に、他人の悪口を一切言わず、こんなに責任感があり、こんなに優しく、こんなに面白くて豪快な女性がいるのだ。


 そりゃ、一端の嗅覚を持ってる人間なら宏美マニアになりますって!(笑)

 

バックナンバー

著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

閉じる