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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

特効薬

 いゃあ~、とにかくオレは現在でも注射が怖い。

 そう、あの針が怖いのだ。今でもオレは年に1~2回は注射される。毎月1回訪れる血圧の降圧剤の処方箋を出してもらってる病院、そこが年に4回ぐらい患者から血を採取して、その健康状態を調べるのだ。ま、それはいいのだが、その血の採取の仕方が注射器を腕にチクッと刺して血を抜き取る。オレは、それが死ぬほど嫌なのだ。
 だから、その病院の医者に「次回は血液検査をやるから、その日は朝ごはんは食べてこないでねぇ~」と言われると、まず軽い死刑宣告を受けたようなショックを受ける。で、それから1カ月後、降圧剤をもらいに同病院に行くのだが、死刑宣告を受けた1カ月後は、その受け付けにいる女性スタッフに「すいません。今朝、ごはん食べてきちゃったんで、血液検査は……」と、いかにも失敗しちゃったような感じで言う。すると、その女性スタッフは「あ、じゃあ次回は食べてこないで下さいね」と言い、内部のスタッフにオレが今日血液検査が出来ないことを伝える。
 で、さらに1カ月後。再び、その受け付けスタッフに「すいまぁせぇ~~ん、またウッカリして今朝、ごはんを食べてきちゃったんですけどぉ……」と大失敗した感じで伝える。すると、その女性スタッフは少し苦笑いを浮かべながらも「じゃあ、次回は食べないでお願いしますね」と言い、再び内部スタッフにオレがその日も血液検査が出来ないことを伝える。
 そして、さらに1カ月後。再度その受け付けスタッフに「いや、ホントは明日ココに来る予定だったから、さっき思いっきり朝ごはんを食べちゃったんですけど、その後、取引先から電話がありまして、どうしても明日現場に朝から来てくれと言われまして、だ、だから、どうしましょ? 今日、ごはんを食べてきちゃったんですけど……」と伝えると、さすがにその女性スタッフも軽いタメ息を1回つき、が、「わかりました……。じゃあ、次回こそは何も食べないで来て下さい」と言って、内部スタッフにまたもやオレが血液検査が出来ないことを伝えるのだ。が、さすがに3回目ともなると、それはオレを検診する医院長先生にもスグに伝えられて、その先生に血圧を測られた後、「次回はごはんを食べてきちゃダメだよ」と直接注意を受けるのだ。こうなると、もう注射引き延ばし作戦も終了。

 で、その1カ月後。再び同病院に行く前夜から、もう何だかドキドキしちゃって、寝つきも悪いのである。だが、観念して同病院の受け付けスタッフに「今日は朝ごはんを食べてこなかったので、検査をお願いします……」と伝えると、そのスタッフは(もう嘘もつけないだろ)って顔に一瞬なるのだが、スグに普通の表情に戻り「じゃあ、まずは奥のトイレでオシッコを取って、これを壁際のケースに入れといて下さい」と言って紙コップをくれるのだ。そして、それから数分後。奥の部屋から「イタヤさぁ~ん、じゃあ、血液を採取するんでコッチに来て下さぁ~い!」という声が聞こえる。たちまち、さらに心拍数が上がるオレ。気分はもう、これから腕を根元から切断される兵士である。もしオレがココにいる病院スタッフや他の患者と二度と会わないってことがわかっているなら、冗談抜きでこの時点で「うはは~~~ん、嫌だよぉ~! 注射なんてされたくないよぉ~!」とグズっていることだろう。
 で、鉛のように重い足を奥の診察準備室に引きずって行くと、採血前のオバちゃんが「じゃあ、このイスに座って下さぁ~い!」と言って、オレを簡易椅子に座るよう命じてくる。ちなみに、この採決係のオバちゃんは毎回違う人のような気がするのだが、もうこの辺になると意識も朦朧としているので、そんなことはいちいち覚えちゃいないのだ。で、続いてそのオバちゃんは「左腕を上に向けて、このテーブルの上に乗せて下さぁ~い」と言ってくる。この時にはもうオレの心臓はドキドキし過ぎて口から出そうなのだ。

「いゃあ~、昔からオレ……こ、この注射が大っ嫌いなんですよねぇ……」

 気がつくと、毎回必ずそんなことを口にしている。すると必ずオバちゃんのほうも「いや、誰だって注射は嫌ですよぇ……。でも、スグに終わりますから大丈夫ですよ」なんて返してくる。そして、オレの左腕の注射を打つ部分のところをガーゼで消毒するのだが、この消毒している時が正に1番ドキドキするというか、とにかく最も嫌な瞬間で、もし、その注射を打つのを勘弁してくれるなら、そのオバちゃんとSEXをしてもいいとさえ思うのだ。

(さぁ、今からチクッとくるぞ、チクッと……)

 そう思いながら、身を極端に硬くするオレ。

(うわっ、くる! もうくる! 今くる!)

 が、そう思ってる頃には針はもうとっくにオレの左腕に刺さっているのだ。そう、つまり、血液採取用の注射は、オレが思っているより全然痛くないのである。で、もう刺さってるとわかると自分を包んでいた恐怖心はアッという間にドコかに飛んでいき、ま、でも針が刺さってるところは見られないのだが、後はその注射を打っているオバちゃんと世間話をしている自分がいるのである。
 つまり、極論を言うと、オレは結局何を怖がってるのかというと、それは“今から刺さってくると自覚した上での針の痛み”なのだが、その痛みがいつも刺さった時に感じる(あれ? 思ったより全然痛くないじゃん)って事実を引いて考えると、『自分に針を刺すという事実』だけにビビッてることになるのだ。そう、よくよく考えれば、注射をされるのは誰でも好きじゃないと思うのだが、それを50を過ぎてまで毎回明らかなウソをついて逃げ続けてるってバカなことだよな。

 てか、針が刺さることがどうこうというより、オレは赤い血が怖いのか? 例えば、人がカッターで手の指なんかを切ったのは、もう見るのが怖くてロクな手当てもしてやることができない。そう、赤い血が流れているのを見るのが、とにかく嫌なのだ。だから人の血がもしも白だったら、オレは大丈夫なような気がするのだ。……あ、でも、昔グレている時、オレは色々な奴をブン殴ったりチョーパンを入れたりして、ソイツがドクドクと血を流していても別に恐怖心は湧かなかったし、自分が何発もブン殴られて血を流していても決してパニックには陥らなかった。普通の生活を送っている奴らと比べれば、10代の後半までは赤い血を頻繁に目の当たりにしていたのだ。それなのに今は何で、その赤い血が怖いのか? てか、10代の頃はアドレナリンがしょっちゅう出ていたので大丈夫だったのか?

 でも、やっぱり今も注射は嫌いだ。それもハンパなく。40歳を過ぎてから市から定期的に健康診断を受けろという書類が送られてくる。が、オレは1度も行ったことがない。そう、注射を打たれるからだ。だから、このままだと60を過ぎたあたりに自分の母親のように癌細胞がドコかに出来ていることが発見され、ま、オレの母親は定期検診を受けていたからスグに肺に癌が出来たことがわかったが、オレなんかはもう手立てがない状態でやっと発覚し、悲惨な感じで死んでいくだろうと思う。理由は、改めて言うが注射が怖いからだ。

 が、つい1カ月前、オレは凄い光景を見た。
 その日、息子が胃の調子が悪いということで、オレは奴を自分が毎月行ってる例の内科医に連れて行った。息子は色々と検査をしている時、オレは待合室の長イスに座ってケータイの色々な情報を見ていたのだが、20分ぐらいすると診察準備室の方から、この病院内には“似合わない言葉”が聞こえてきたのだ。で、更に耳を澄ましたところ、

「ああ~~ん、嫌だなぁ~! 注射するなんて聞いてないよぉ~~。俺、とにかく注射が大っ嫌いなんですよぉ~! ……え、打たなきゃいけないのぉ!?」

 で、そこまで聞こえた次の瞬間、診察室から出てきたと思われる年配のオジさんが、診察準備室とオレのいる待合室を行き来する引き戸を開けた。そして、反射的にそちらの方を見てみると、準備室の奥のイスに座りながらオレの息子が裏返った声を上げていたのである。
 その瞬間、オレはハンパなく強烈な雷に打たれていた。
 そう、さっきから凄くみっともない声を上げていたのは自分の息子で、しかも、そのビビり方が自分とソックリだったのである……。





 で、初めて思ったよ。オレの異常な注射嫌いって、ひょっとしたらコレで治るかもしれねえな。だってみっともなさ過ぎるでしょ、アレじゃあ……。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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