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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

お見合い乱れからくり(後編)

 午後11時。夜も更けた東京郊外のファミリーレストラン、その1つのテーブルにオレ、シンヤくん、モモコ、タマヨの4人で座っていると、ようやくキャームが店に入ってきた。その顔には1ミリも笑いはなく、自分を待ち受けている状況に対して最大限に警戒してる様子だった。
 とりあえずオレたちは、キャームがモモコと話し易いように座る場所を変えることにした。オレが奥。その隣にキャーム。そして、オレの正面にシンヤくんが座り、さらにその隣にはモモコ、そのまた隣にタマヨが腰を下ろすことになった。

 が、5人もの人間が揃っているのに会話が全く盛り上がりそうもなかったので、オレは1年前に香川県に行った時に友達になった合田くんのことを話すことにした。合田くんは統合失調症という難病を患っているのだが、気持ちが凄く優しい奴で、しかも、ド真面目なので、逆に色々面白い事件が起こっていた。昨年も香川にうどんを食べに行った時に、合田くんに「オレは今、カンノーリっていうイタリアに昔から伝わるパイみたいな菓子を出す店、それが東京に無いか探してるんだよなぁ」と言うと、「じゃあ、自分もこの香川にあるかどうか探してみますよ!」という答えを返してきた。が、東京でもカンノーリを作っている店は滅多に無いのに、香川県にそれを作っている店があるとは到底思えなかった。
 ところがそれから6日後。東京に帰ったオレの元に、合田くんから1本の電話が入った。
「えっ、カンノーリが香川で見つかったぁ!?」
『そうなんスよっ。さっき大きなショッピングモールの中に入ってるケーキ屋の女の子にカンノーリは無いか尋ねてみたら、ウチには無いけど、うちの正面にある大きな食料品店には多分あるんじゃないかなぁ? なんて言うんですよっ。で、慌てて、その店に入ろうと思ったら、ちょうど閉店の時間で出入り口に網が張られちゃったので自分、明日朝イチで行ってみますよ!』

 で、翌日、オレは午前中からドキドキしながら合田くんからの電話を待っていたのだが、昼になっても、午後3時になっても、その店が閉まる午後10時を過ぎてすら合田くんからの電話は無かった。
「あっ、合田くん? どうしたんだよっ、今日は1日中合田くんからの電話を待ってたのに」
『……ああ、どうもすみません』
 午後11時過ぎにコチラから電話を掛けてみると、合田くんの非常に恐縮してそうな声が聞こえてきた。
「行ったの、その食料品店に?」
『ええ……朝イチの10時に行って“カンノーリはありますか?”って聞いたら“はい、ありますよ”って言って、その店員が持ってきたのがカンノーリじゃなくて韓国海苔でした……』
 オレが、その話をファミレスでそこまで話した時点でシンヤくんやキャーム、そして、モモコやタマヨまで腹を抱えて笑っていた。いや、オレもその話を合田くんから聞いた時は勿論大笑いしたのだが、オレがホントにオカしいと思ったのは、合田くんの感覚だった。ケーキ屋の女の子だけではなく、その食料品屋の店員もカンノーリを“かんこくのり”と聞き間違えていたことも笑えるのだが、オレから言わせてもらえれば、そんな美味しい話なら、すぐにそのことをオレに笑いながら報告してきても良さそうなもんだが、合田くんは“マズい……”と思って、その日一日連絡して来られなかったのである。そう、そういうメチャメチャ真面目なところが、とにかくオレには笑えるのだった。

 オレが合田くんのことを話してから、テーブルの上の空気が俄然良くなってきた。
「キャームさんは、イタリアに洋服を仕入れに行く時って、平均すると何日ぐらい滞在してるんですかぁ?」
 ようやく安心した感じでキャームに話し掛けるモモコ。そして、キャームも自分の少し斜めにいるモモコの方を向きながら答え始めた。そして、そのキャームを正面から目で捉えながら、大ジョッキからビールを啜っているタマヨ。……明らかに異常な目つきだった。
(あっ………)
 そして、その目つきを見ているうちにオレはある事を思い出していた。数日前、今日の飲み会のことでタマヨにDMした際、「くれぐれもオレとキミは刺身のツマのようなもんで、とにかくキャームとモモコをくっつくようにするのが目的だからね」というツイートを送って机から離れようとした時に、タマヨから次のようなツイートが返ってきたのである。
『あはは、私もキャームさんのこと好きなんですけどね』
 オレは全然意に介してなかったので、そのDMの返信はしなかったのだが、ひょっとすると………。
 その後、キャームとモモコの会話は一層激しくなり、オレとシンヤくんは自分の脇にある壁に半身を預けながら、邪魔にならないように黙ってそのやり取りを聞いていたが、そのうちシンヤくんがオレに目で合図を送ってきた。シンヤくんの視線の先には、テーブルの上に乗ったタマヨの右手があった。その右手は静かに、真っ直ぐにテーブルの上を滑り始め、そのうちキャームの前にあるジュースが入ったコップをゆっくりと掴んだのである。
(な、何をしようとしてんだよ、アイツ……)
 思わず顔を見合わせるオレとシンヤくん。そして、タマヨはそのコップを自分の鼻先まで持ってくると、その縁の匂いを嗅いでから、またスグにコップを元の位置に戻した。もちろんキャームは、モモコとの話に夢中でタマヨがそんなことをしているとはまったく気付いてない様子だった。
 さらに数分後。再びタマヨが右手がキャームのグラスに静かに伸び、今度はナント、その中のコーラを一口飲んでから再びキャームの方に戻したのである。またもや目を見合わせるオレとシンヤくん。このタマヨという女は完璧にヤバい。さっきの餃子屋でビールの大ジョッキを5杯。さらにこのファミレスに着いてもビールの大ジョッキを頼み、もうそろそろソレも飲み干そうとしている。無論、隣に座っているモモコに話し掛ける様子も全く無く、とにかく自分の真正面に座っているキャームの顔を白ヘビのように睨み続けていた。

 そして、さらに1分もしないうちに再びタマヨがキャームのグラスに右手を伸ばしてきた時だった。キャームは突然モモコとの会話をストップしたかと思うと、真正面のタマヨに視線を向けて次のような言葉を吐いたのである。
「テメー、さっきから何やってんだっ、ぐぅおらあああっ!!」
 オレは驚きつつも、とにかくその言葉を聞いて嬉しかった。そう、やっぱりキャームはキャームだったのだ。そんな訳のわからない女に睨まれて黙っていられるはずがなかった。
  バンッ!!
 と、急に席から立ち上がるタマヨ。人相はさらに狂悪になっており、なんだか外国人のビヨークという歌手がメラメラと怒っているような顔つきになっていた。そして、あろうことか、タマヨはそのまま店内中の徘徊を始めたのである。……なぁ、化け物屋敷かよ、ココって?
「コーちゃん……何なんだよ、あのイッちゃってる女は?」
 オレに声を掛けてくるキャーム。
「いっ……いや、本来はの、飲み会のアシストを……」
「あのゲロ女、オレのグラスの匂いを嗅いだり、中のコーラを飲んだりしやがってよっ」
 おい、全部気付いてたんかい……。

 その後、トイレに行くと言ってキャームが席から立ったので、とにかくモモコに話し掛けるオレ。
「キャームがトイレから戻ってきたら、キミはキャームの車に乗って2人でドコかに行けよ。オレは今日の責任を取って、もう電車もなくなっちゃってるから、車でシンヤくんとあの女を都内にあるっていう奴のマンションまで送っていくからよっ、な」
「ありがとうございます」
 そう言って笑ったかと思うと、スグに熱り立ったような表情になって「しかし、あのクソ女って完璧に壊れてますよねっ!」というセリフを吐いて店内を見回し始めるモモコ。てか、さっきの餃子屋では時々仲が良さそうに言葉を交わしていたのに、ホントに怖いよなぁ~、女ってこういうところが。
 そうこうしているうちに席に戻ってくるキャーム。が、顔が心持ち青く見えた。
「おい、どうかしたのか?」
「パじゃねぇよっ。人が小便してたらトイレのドアがブアアア~~ン!!って壊れるように開いたかと思ったら、あのゲロ女が男子トイレに入ってきやがってさっ。しかも、間髪を要れずに、いきなり真後ろからタックルをしてきやがったんだよ!!」
「えええっ!?」
 同時に、そんな声を上げるオレとシンヤくん。
「わかった……。モモコちゃんにも言ったんだけど、とにかくお前ら2人は車に乗ってドコかに行けよ。オレとシンヤくんは、あのタマヨって女をオレの車に乗せて奴のマンションの近くまで送ってくからさっ」
 キャームを見ながらそう言うオレ。
「でも、それじゃあ……」
「いいから早く行けよっ。もう時刻も夜中の2時だし。あの女、今度は何してくるかわかったもんじゃねえぞ!!」
 数分後。ファミレスの駐車場に止めてあるキャームの車、それに乗り込むキャームとモモコ。そして、助手席のシートベルトを締めると、モモコはオレに向かって満面の笑みを浮かべながら手を振ってきた。

「うううう~~~っ」
「おわっ!! ……ビ、ビックリしたぁ~!!」
 突然、唸り声を上げながら、オレの真横に出没するタマヨ。
「ちょ………ちょうど良かったっ。お前、今からマンションまで送ってやるから、おっ……オレの車に乗れよ」
「嫌だっ。うううう~~~っ、思い知らせてやるううう!」
 が、そう言ってから、キャームの車とは逆の方にある茂みの方にヨタヨタと歩いていくタマヨ。その姿は、アル中の泥酔者というより、ヨーロッパの童話に出てくるような化け物にしか見えなかった……。
「しかし、大丈夫ですかね。この時間だと、この辺はタクシーも通ってないっスからねぇ~」
「知らねえよっ。コッチが家まで送ってやるって言ってるのに、ああやって茂みの中に入ってっちゃうんだから。もう、知ったこっちゃねえわ!」

 シンヤくんを助手席に乗せて、八王子にある彼の家に向かっていた。タマヨのことは多少気にはかかっていたが、アイツをあれから説得して車に乗せてたら、それこそオレたちの帰りだって何時になるかわからなかった。
「あっ!……ぶぅわははははははははははっ!! ハ、ハンパねえっ、ぶぅわははははははははははははっ!!」
 突然、火がついたように笑い始めるシンヤくん。
「えっ、どっ……どうしたんだよ?」
「いや、今、ツイッターを見たらタマヨが“今、ワタシは真っ暗な森の中を歩いている。何かに追われてる。怖い。殺されそうな気がする。怖い”ってツイートをしてたんですけど、ぶぅわははははははははははっ、それに真っ先に返信したのが香川県に住んでる合田さんで、“大丈夫ですかっ!? 近くに交番とか無いんですか!?”って必死になってて」
「がははははははははははははっ!! マジで!? 合田くん、ハンパじゃねえっ。がはははははははははははははっ!! ヤベえ、事故っちまうよっ、がははははははははははははははっ!!」
「ぶぅわははははははははははははははははははっ!! と、東京のオツムのオカしい女の心配を香川県にいる合田さんが、ぶぅわははははははははははははははっ!!」
「ヤベえっ、息が出来ない!! がはははははははははははははははっ!! ホ、ホントに事故っちまうっ、がははははははははははははははははははははっ!!」


 つーことで、蓋を開けてみたら、結局はキャームとモモコはちゃんと付き合うまでには至らなかったらしく、オレが久々に仕掛けたお見合いも見事失敗に終わったんだけどね。いゃあ~、それにしてもツイッターって便利だけど、その分、危い面もありますな。……以上です、キャップ!

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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