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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

ボキのアンタッチャブル

 今回は、ちょっとエグい話をしよう。 

 オレは今までの人生、割とやりたいことはやってきたつもりだし、写真に撮りたいモノは余程のことがない限りはシャッターを押してきたし、もちろん自分の経済力内で欲しいモノにも迷わず手を伸ばしてきた。そう、自分に正直な、あまり、我慢しない人生を送ってきたのである。 
が、そんな節操がないオレでも、今までたった2つのことに対してだけは我慢をしてきたのだ。それをやっては、いくら何でもマズいと思ったのである。
 1つ目は、今から10数年前に自分の歯を3本だけ残して、あとは総てインプラントの歯にした時のことだ。その大手術には結局2年半という膨大な時間が流れたのだが、インプラント手術というのは、まずソコにインプラントの歯(ま、金属のビスで止めた入れ歯のことなんだけどね)を入れようとする部分の残っている歯を総て抜くことから始まるのだ。で、それと並行して、新しくインプラントの歯が入るまでの間、仮の入れ歯を入れるのである。

 その晩、オレは自宅の洗面台の前に立ち、口を開きながら鏡に映った上下にある仮の入れ歯を観察していた。そして、歯が無い自分の顔ってどんな感じなのか?という興味が湧いて きて、その上下の入れ歯を外してみて驚いた。以前、自分のオフクロが肺がんの手術をする直前に総入れ歯を外し、その肛門のようになったロを見てオレはビックリしたのである。で、それと同じ口が鏡に映っていたのだ。
 その衝撃にひと段落がつくと、今度はそのお爺さんのようになっている顔を写真に収めようと思った。そう、ソレを自分の友達や読者たちに見せて、一緒にゲハゲハ笑おうと思ったのである。で、その時、何でか自分でもわからないが、その頃のオレはしゃくれ(受け口)だったので、その突き出たアゴを更に前に突き出したところ、アゴ一帯にカクン!という軽い衝撃のようなものが走った。そして、改めて鏡に映った自分の顔を見たところ.……、
(うわああああああああっ、何じゃい、これ!? クシャおじさんじゃねえかあああっ!!)
 そう、オレの顔はアゴの骨がせり上がって全長が50%ぐらいになっており、あの昔、テレビに出てお茶の間の話題を一時さらったクシャおじさん、彼とソックリな顔になっていたのである。そして、そのあまりのショックに、その自分の顔の写真を撮るなんていう願望はどこかに吹き飛んでおり、オレはさっさと入れ歯を再装着すると逃げるように、鏡の前から離れたのだ。

 その後、何度か自分の顔がクシャおじさんになっているところの写真を撮ろうかと思ったが、アレは見た者は驚くというより引いてしまうと思ったので、そのまま写真は撮らず、そうこうしているうちにインプラントが完成し、おまけにオレが通っていた歯医者の先生は歯の噛み合わせまで調整してくれて、しゃくれまで治ってしまったのである。
 しかし今、思い出しても、あのクシャおじさん顔はオレのM気質の限界を超えており、ま、そうは言っても1枚ぐらいは撮っておくべきだったかなと思うが、まだ再度あの場面がやってきたら、やっぱりオレはそのショックから我慢というか逃げてしまうと思う。

 


1970年にお茶の間の話題をさらったクシャおじさん。
 

 

 さて、2つ目の我慢。それは去年他界したオレの親友キャームに関係することである。 
 今から約27年の1994年前後。オレはNBA、つまり、アメリカのプロバスケットリーグの選手が写ってるスポーツカードにドはまりしていた。特にオレがこだわって収集していたのがNBA界、いや、アメリカのスーパースターでもあるマイケル・ジョーダンのカードで、当時オレは連日のように各スポーツカード屋を回り、とにかくマイケル・ジョーダンのカードを買い漁っていたのだ。そして、その熱はとどまることを知らず、遂にはアメリカ本土にNBAの試合を見に行くのと並行して、現地のスポーツカード屋を回ったりしていたのである。

 で、その旅から帰ってきた後、いつものように東京の行きつけのスポーツカード屋に行くと、ナント、そこにマイケル・ジョーダンのルーキーカードが売られていたのである。ちなみに、ルーキーカードとは、その選手がプロスポーツ界にデビューした年に作られたカードのことで、今はカードメーカーもいくつもあり、また、色々なシリーズが出ているのでルーキーカードも何十種類とある。ところが、マイケル・ジョーダンがNBAにデビューした年は、スポーツカードといっても「フレアー社」という会社のしかなく、そこがマイケル・ジョーダンがデビューした年のカードを作っていたのである。で、オレがNBAカードを集め始めた頃、そのマイケル・ジョーダンのルーキーカードはいくらで売られていたかというと、大体1枚 15~23万円の値が付いていたのだ。

 で、話を少し戻すと、オレの行きつけのカード屋で、そのマイケル・ジョーダンのルーキーカードがいくらで出ていたかと言うと、それが14万円だと言うのだ。しかも、マイケル・ジョーダンのルーキーカードが刷られた時はアメリカでも印刷の技術はそれほど高くはなく、マイケルがダンクに飛んでいる写真がセンターリングにバッチシ位置しているモノは少なかったのだ。ところが、そのカードを見ると、そのセンターリングがカードの中央にシッカリきていて、つまり、マイケルのルーキーカードの中でも特に出来のいい、店によっては20万円以上の価値を付けてもオカしくない1枚だったのである。そのカードが14万円……。
 オレの頭の中で(買い、買い、買い、買い!!)という声が飛んでいた。もちろん、オレはまだマイケル・ジョーダンの中でも最もファンやマニアが憧れるルーキーカードは持っていなかった。が、その時のオレはアメリカでのNBA観戦旅行で大金を使い、しかも、現地でマイケルの別のカードを10万円以上買っていたので、ルーキーカードとはいえなかなか買う気が起こらなかったのである。
 で、悩みながらも手ブラで自宅に帰ると、30分もしないうちに旧友のキャームが遊びに来たのである。そして、オレは彼に「今まで見た中でも1番センターリングのいいマイケル・ジョーダンのルーキーカードが、たったの14万円で売られていた」と話したところ、ナント、その翌日にキャームはオレを室内役にそのカード屋に行き、例のマイケル・ジョーダンのルーキーカードを14万円で買ってしまったのである。オレは奴がオレに対して持っているライバル心の熱さに改めて驚いた。キャームもマイケルのカードは何枚か持っていたが、だからと言って1枚10万円以上するカードを買うほどのマニアではなかったのだ。ところが、マイケル・ジョーダンのルーキーカードを買う気がどうしても起こらなくて悩みまくっているオレを見て、そのカードを自分が買う決心をしたのである。

 それ以来、オレはいくらバスケカードを買おうと何となくキャームには頭が上がらなくなり、さらにそれから1年ほど経つと、そのスポーツカード熱も急に冷めてきてしまった。そして、それから25年が経った去年、そのキャームが死んでしまったのだ。ま、それについての詳細はこの連載でも書いたので省くが、キャームが死んだのを知って、さらに1カ月が経った頃、オレを介してキャームとは仕事仲間になっていた友達のハッチャキから電話が掛かってきた。 
『あ、板谷くん。実は昨日、キャームのお兄さんから電話が掛かってきてさ。弟が持っている沢山の車の修理の時に使う工具、それを売りたいんだけど、どこか高く買ってくれるところって無いかな?って言ってきたんだよね』
「で、ハッチャキは何て答えたの?」
『いや、正直に“自分はそういうところは疎いんで、ちょっとわかりませんねぇ”って答えたよ』 
「そっか……(キャームの兄ちゃんて、金には相当困ってんのか?)」

 ハッチャキとの電話を切った後、暫くボーーっとしてたら、こんな考えがオレの頭を過ぎったのである。
(以前、キャームが購入したマイケル・ジョーダンのルーキーカード。あのカードだけは未だに10万円以上はすると思うけど、キャームの兄ちゃんはそんな値が付いてるってことは夢にも思わねえよなぁ……。もし今、オレがキャームの家に再び行って「お兄さん、大した金にはならないとは思いますけど、スポーツカードのことならオレは多少は詳しいですから、キャームが収集してたカードを売ってきてあげますよ。多分、全部売っても1万円ぐらいにしかならないでしょうけど」って言えば、キャームの兄ちゃんは「悪いね、じゃあ、お願いするよ」って言ってくる。そして、オレは1万円で他のカードと共にマイケル・ジョーダンのルーキーカードを手に入れられるんだ)
 で、どうしたのかと言うと、もちろんそんなことは出来るわけもなく、結局オレはマイケル・ジョーダンのルーキーカードとは一生縁が無かったってことになりそうっス。

 


マイケル・ジョーダンのルーキーカード。カードファンの憧れ。 

 

 ね、今回はちょっとエグい話だったでしょ?

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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