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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

美味し過ぎて嫌い

 はい、今回のコラムのタイトルなんスけどね。
 実はコレ、何年か前に嫁のお義母さんがウチに遊びに来た時に吐いたセリフでさ。その時、嫁が何か食べ物を勧めたら、お義母さんが「いや、それは美味し過ぎるから要らない。嫌い」って答えてね。
 で、数日前ですよ。その時のことを急に思い出したんだけど、お義母さんはウチにある何に対して“美味し過ぎる”って言ったのかがわからなくてね。
 いや、今は違うんだけど、昔、ウチの嫁の実家は結構なお金持ちだったの。しかも、福島県の漁港に家があるから、魚貝類なんかは昔から美味しいモノを死ぬほど食べててね。オレは元々、魚は嫌いだったんだけど、ココに時々遊びに行くようになってからですよ。キンキの煮付けとか、アンコウ鍋とか、ウニの貝焼きとか、沙魚の天ぷらなんていう旨いモノが食べられるようになったのは。
 だからね、まず確実にお義母さんはウチにある魚貝類に対して美味し過ぎる、って言ったんじゃないことは想像つくんですよ。で、野菜にもウチは大してお金を使わないから、残るは肉類ってことになってさ。
 が、そうは言っても年に何回か食べる極上のステーキは、新宿まで出掛けて行って食べるしね。あと、いい肉っていったらすき焼用の肉ぐらいだけど、そんな肉はお義母さんだって死ぬほど食べてるだろうしねぇ。
 で10分ほどアレコレ考えてたんだけど結局出てこなくてさ。しかし、“美味し過ぎて嫌い”って感覚って何だろうねぇ? だって、フツーに考えれば、美味し過ぎるモノに対しては人間は当然好きになるわけでしょ? だって、美味し過ぎるんだから。それを要らない、嫌いだっていう感覚がオレにはどうしてもわからなくてね。

 と思ってたら先日、オレにも、その“美味し過ぎて嫌い”って食べ物が出てきてさ。ソレをウチに持ってきたのが、幼馴染みのキャームって男でね。
「ほら、コーちゃんが20年間探し続けてたモノを持ってきてやったぜ」
 ウチに上がりこんでくるなり、そんなセリフを吐いたキャームは、テーブルの上に全長10センチぐらいの白い陶器の瓶をドン!っと置いてね。その瓶の表面に印刷されてる文字を読んだら「Blue Stilton」って書いてあってさ。そう、ソレはイギリスのブルーチーズ「スチルトン」の瓶入りバージョンでねっ!
 いや、スチルトンのブルーチーズっていったら、百貨店の中なんかに入ってるチーズ専門店に行けば大抵はカットしたチーズケーキみたいな形で売られててさ。珍しくも何ともないんですわ。ところが、この瓶入りのスチルトンっていうのが、そのどのチーズ専門店で尋ねても無くてね。いや、無いどころか、店員がその存在自体を知らないケースが殆どでさ。
 つーか、ボキがその瓶入りのスチルトンとドコで遭ったのかっていうとね。結婚して間もない30歳の時に、嫁の実家がある福島県に遊びに行ってさ。その時に嫁の父親の年の離れた若い弟さんが、ボキを地元の高級なバーに連れてってくれてね。
「じゃあ、板谷くん。今夜は86年モノのシャトー・ラトゥーユでも飲もうか」
 なんて言うわけですよ。で、これは後で知ったんだけど、その「シャトー・ラトゥーユ」っていうのは有名なフランスの赤ワインでね。しかも、1986年に出来たモノは中でも特に美味しかったらしくて、このオレがまだ30歳の時っていうのは、まだ辛うじてバブル期だったからさ。このテのバーでソレをボトルごと頼むと1本20万円ぐらい取られるわけっスよ。でも、オレはそんなことは丸で知らなかったから、とりあえずグラスに注いでもらったワインを一口飲んだら、いゃあ~、それまでにお酒を飲んでこんなに旨いと思ったことはないってぐらい重厚かつ、なんとも言えないような複雑できらびやかな味がしてね。オレがド肝を抜かれてると、さらに叔父さんはこんなことを言ってきたんですわ。
「でね、板谷くん。このワインに合うツマミっていったら、勿論フツーのチーズとかじゃダメなのはわかるだろ? だから俺はね……」
 そこまで言うと叔父さんは、バーのマスターの方に視線を移して「アレちょうだい、瓶入りの」って言ったわけですよ。そしたらマスターが出してきたのが、今回キャームがオレの家に持ってきたのと同じ瓶入りのスチルトンでさ。叔父さんは、その瓶を受け取ると厚さが2ミリぐらいしかない極薄のウエハースの上に、そのブルーチーズを耳垢ぐらいの量だけスプーンで取って乗っけてね。で、「食べてごらん」って差し出してきたから、おっかなビックリ食べてみたわけっスよ。
 したらねっ、もうねっ、チーズは耳垢ぐらいの量しかないのに、8種類ぐらいのフルーツの風味が走馬灯のようにボキの舌の上を駆け抜けてさっ。そして、特濃のコクを口の中全体に響かせてから、ゆっくりと鼻の穴から逃げるボンドガールのように抜けてってねっ。そう、オレはそれまでにそんなにも複雑で、かつ、そんなにもコクがあるモノを食べたことがなくてさっ。
 しかも、ですよ。それを食べてからスグに再び86年モノのシャトー・ラトゥーユを飲んで、その味覚が口の中で交じり合った途端、ボキは本気でこう思いましたね。
(ああ、昔のヨーロッパは、このワインやチーズを相手の国からブン取るために戦争をやってきたっていうのが今のボキには分かる!! ホントに分かる!!)

 それ以来、ボキはその瓶入りのスチルトンを各地に行く度に探し続けてたんだけど、全く見つからなくてね。もう殆ど諦めていた時に、突然キャームがソレを持ってきたわけですよ!
 で、話を先日に戻すとね。
「なっ……なぁ、キャーム、コ、コレをドコで!?」
「いや、インターネットで取り寄せてさ」
「えっ……ア、アドレスは?」
「ぐぅふふふふふふ。……ぐぅふふふふふふふふふふ」
 そう、このバカ男は、そういうことは教えてくれないのである。
 で、とにかくキャームは、その瓶入りのスチルトンをウチに置いてったので、ボキは何日か続けて耳垢ぐらいの量を食べて、その舌を駆け抜ける8種類のフルーツ感を楽しんでいたんだけど、ある日を境に、この瓶入りのスチルトンを食べたくなくなってしまってね。当初、オレはその理由が全く分からなかったが、よくよく考えてみると、つまり、これこそが“美味し過ぎて嫌い”ということなんじゃないだろうかと思ってさ。

 で、つい昨日のことですわ。この瓶入りスチルトンの話を嫁に話したついでに、オレはこう言ったんですよ。
「でも、オレはよ。この瓶入りのスチルトンに対する食欲が急に失せてきちゃってさ。で、以前、お前のお義母さんがウチに来て『コレ、美味し過ぎて嫌い』って言ったことがあんだろ? つまり、オレにとっての瓶入りスチルトンが正にソレと同じだと思ったんだけど、義母さんてあの時にウチの何を差してそう言ったんだっけ?」
「ああ、アレはカップラーメンだよ」
「カッ……カッ……カップラーメンんんんっ!?」
「カップラーメンのスープってダシが効いてて美味しいでしょ。で、本来ならそのダシって、ちゃんと魚から取ったりするんだけど、今は科学調味料がダシの代わりを果たしてるから、だから嫌いって言ってたんだよ」
「………………………」
          おあとがよろしいようで。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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