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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

さよなら最後のデブ兄弟

 ウチの近所には、オレを含めて3人のデブが住んでいた。
 その当時、オレたち3人はブー、フー、ウーと陰で呼ばれていて、板谷家の中では俺が「ブー」で、オレより3つ上の隣のデブが「フー」、そして最も年下だが体重が130キロもあった引きこもり型のデブが「ウー」と決められていた。ところが今から13年前、ウーが心筋梗塞で急死してしまったのである。
 で、残ったのはオレと隣家のフーだったが、このフーという男も一応は先輩だがどうしようもない奴で、ウーが死ぬ2年前に、たまたま近所で火事があった。んで、それを見ていたオレたち3大デブは、その火事が起こった家の息子の自動車を他の何人かと持ち上げて移動させるハメになったのだが、いきなりウーが「ボンボコヤ~ン……」という意味不明な言葉をつぶやきながら、その場からバックレ。結局、車の前部に3人、そして、後部にオレとフーがついて持ち上げることになったのだが、いっせーのせ!で持ち上げた瞬間、隣のフーがバビバビビビッ!! ピチピチピチッ……という放屁音を炸裂させながらウンコを漏らしてしまい、オレは笑いを堪えるのに必死で力が全然入らず、結局それ以降のオレたち3人の町内での評判は『あのデブたちは一家の大黒柱にならなきゃいけない年頃なのに引きこもりで、図体はデカいのにからっきし力がなく、協調性もゼロの穀潰し』ということになってしまったのである。
 ちなみに、フーは元々はドコかに勤めていたらしいのだが、その火事の3年前ぐらいに会社を辞めたらしかった。よって、それからはウー同様引きこもりになっていて、年老いた両親と同じ家に3人で暮らしていたのである。が、それから5年ほど経ってから、さすがにフーもプータローをし続けるわけにもいかなかったらしく、自分の敷地内に小さなプレハブ小屋を建てたかと思うと、そこで老人用のベッドを売る商売を始めた。が、オレはそのプレハブ小屋のカーテンが開いているところを1度も見たことがなく、要は圧倒的な準備不足で、開店とほぼ同時に潰れていたのである。

 そして、今から約9年前にフーの家に突然ビッグバンが訪れた。ある朝、まだ7時にもなっていない時刻にウチのチャイムが鳴った。ドアを開けてみると、隣のフーが小汚いジャージの上下を身に着けながら立っていた。
「えっ…………な、何?」
「ウチのお父さん、さっき死んじゃった………」
 なんて答えていいのかわからなかった。そして少しすると、当時48歳のフーが急にベソをかき始めたのである……。
 で、その後もフーの老人用のベッドを販売するプレハブ小屋のカーテンは閉まり続けたままで、それから更に5年が経った頃、今度はフーの母親が心臓病を患い始めたらしく、週に1~2度、フーが自分の車で母親のことを病院に連れていくようになった。
 隣家のことだが大変だなぁ……と思った。元々、両親に甘えまくって育ったフー。そして、自分を守ってくれていた父親が死に、今度は母親も危ないというのにフーは相変わらずのほぼ無職なのだ。多分、母親を病院に連れてくお金だって、母親の年金や預金を切り崩しているのだろう。

 そして、今から約半年前のこと。フーの家から人が住んでいるという感じが消えた。で、次にフーを見たのは約3週間前で、その時フーは見知らぬ40代くらいの男と一緒にいたのだが、とにかく驚いたのは100キロぐらいあったフーの体重が半分になっていたのである……。
「あの、土地の境の確認をして頂いて、もし問題が無かったら、この書類に署名捺印して頂きたいんですが」
 その男は、不動産関係の人間だった。オレはその書類に軽く目を通してから、その男とフーと3人で隣家との境目の確認をした。
「お、お母さん、亡くなっちゃんスか?」
 書類に捺印した後、オレんちの庭で以前とは見る影もないフーに思いきって尋ねてみた。
「ええ……半年前に………」
 母親のことを話してきたフーは、続いて自分も同じ時期に胃と肝臓を患い、今までズーっと病院に入院していたことまで話してきた。
 何てわかり易い人生なんだろうと思った。親に甘えていつまでも独立できないでいた息子、それが木が枯れるように徐々に、しかし、確実に追い詰められていく様をフーは見せてくれたのである。そして、皮肉にも最後はデブからも脱皮してしまったのだ。
 それから1週間後、フーの家が解体された。母親が死に、自分の入院費やら税金を払えなくなったフーは、残された土地を売るしかなかったのだ。


 あ~あ、遂に1人だけになっちゃったなぁ、この町内に住むデブは……。あははははははっ。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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