MENU

ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

爆発

 前回、オレはオフクロの実弟で、ヤクザだった満(仮)が自分の母親が死んだ時に流した涙というのが、それまでオレが目にした涙の中でも最も悲しさを感じさせる涙だったことを書いた。 
 その後、2000年1月にオレのオフクロが肺がんにかかったとわかった時は、それこそ満はもう大変だった。内輪に対しては、途方もなく深い愛情とこだわりを持った男である。そんな満にとってウチのオフクロは、幼い頃からズーッと体を張って自分を守ってくれた姉、いや、もっと正確に言えば実際の母親よりも母親らしい存在だったのだ。 

 満は、オフクロに肺がんの疑いがあると分かった前年の暮れから、同じヤクザの組で肺がんにかかっていた舎弟分をオフクロの付き添い係にして、国立がんセンターへの診断に同行させ、その後、オフクロが地元の立川の国立病院で手術を受けると決まると、今度は入院したと同時にその病院に毎日のように見舞いに訪れたのである。さらに、オレのケータイに何度も電話を掛けてきた挙句、手術の前日には「とにかく明日、夜の9時にお前のケータイに電話を入れるから、手術の結果を正直に伝えろ。いいなっ!」と言ってきたのだ。で、結局オフクロは午前9時30分~午後4時までの大手術の結果、無事にすべての腫瘍を除去することが出来たのである。 

 ところがその日、午後9時を過ぎても満からの電話はなかった。そして、午後10時半過ぎ、オレは満のマンションに電話を入れてみた。 
『……ふぁい』 

 満はベロベロに酔っ払っていた。そう、オレに電話を入れると言っときながら、シラフでは怖くて結果が聞けなかったのだ。 
『ヨッちゃん(ウチのオフクロ)はぁ~、死んじまうんだろぉ~? ……コーイチ。あの人はぁ~、俺にとってはなっ、最後の身内だからよぉ~』
「いや、それはわかってますよっ。でも、ホントに手術は成功して……」 
『コーイチ……。最後の身内だからよぉ~』
 
 満は、その言葉を更に3回繰り返した後、静かな、もの凄く低い声で泣き始めた。が、満やウチのオフクロの母親、彼女が死んだ時の泣き声ほどは悲しく聞こえなかった。それは満の泣き声を聞くのは2度目だったし、さらに電話を通しての泣き声ということもあったが、それより何より、その時のオレは半分呆れていたのだ。
 
 高校の友達の父親が使っていた猟銃を盗み出して、その頃から新宿や池袋のヤクザたちを相手に自分たちの仲間で組織した愚連隊で街内で頻繁に抗争を起こしていた満。その後、神奈川県久里浜にある少年院にブチ込まれ、そこを出所して1年も経たないうちにヤクザの事務所に出入りするようになった。で、それからは何をやったのかは詳しく聞いたことはないが、とにかく40までに10年間近く刑務所に入り、が、商売の方も金貸、総会屋、秘書、ボディガードなどをやり、40を過ぎても再び計10年も刑務所に入っている、まさしく極道の中の極道なのだ。ところが、ウチのオフクロが肺がんの手術を受けると、息子たちのオレやセージよりオロオロしているのである。しかも、手術は一応成功したと言っているのに、悲観して泣いているのだ。 

 が、それから1年半後。残念ながらウチのオフクロの肺がんは再発。結果的には、それから5年半も病魔と闘ったが、2006年の12月3日に遂にオフクロは他界してしまったのである。 
 もちろん、ウチの親父を含めた家族の悲しみと喪失感はハンパではなかったが、満が食らった悲しみも尋常じゃなかった。オフクロが息を引き取る時、満は確かに病室にいたのだが、その後どこに行ったのかわからなくなった。が、オフクロの葬儀が開かれるまでの5日間、夜になると酒でベロベロになった満がオレやセージの家に毎晩電話を入れてきて、その長時間に及ぶ世迷い言を延々と聞かされたのである。 

 で、ウチの実家で開かれたお通夜当日。オレ、妹の麻美(仮)、セージは、悲しみと連日の手配や作業の疲れでヘロヘロになっていた。そしてこの日、ウチの家族の前以外には決して姿を現さなかった満が、珍しく昼過ぎにはウチの実家にやってきた。そして……、 
「あんだ、あのババアは? 焼香を済ませたら、とっとと帰れってんだ」とか、 
「5000円ぐらいの香典を包んできたぐらいでイイ気になってんじゃねえぞ、あのカツラ頭は」 
 とか、通夜に集まってくれた人たちにわざと聞こえるよう、台所の隅っこで酒を飲みながらブツブツ言い始めたのである。そして、そんな満がオフクロが勤めていた老人ホームの理事長が来た時に、老年の彼女に向かって「また変なババアが来やがったよ」と言った時だった。

「テメー、いい加減にしろよっ!! 60も過ぎてんのに、そんな隅っこで犬も食わねえようなことをブツクサ言ってんじゃねえええ~~~っ!!」
 驚くしかなかった……。弟のセージが、いきなり叔父である満のことを怒鳴ったのである。 
「おう、テメー、今、あに言ったあああっ!?」 
 一瞬目を丸くした後、今度は怒髪天を衝く形相になってセージを唸り飛ばす満。
 「オフクロが世話になった人たちが焼香に来てくれてるんだよっ。それに水を差してオフクロが喜ぶと思ってんのくぅわあああっ!?」
「ぐぐぅ…………」
 満は急に大人しくなり、いつの間にかウチの実家からいなくなっていた。 
 てか、数日後の初七日の法要の時には、セージと満は普通に話していたのでオレは胸を撫で下ろしたが、セージの天然のストレートさには時々ビックリさせられるという話でした。 

 

        ……今月はこんな感じでぇ~す、編集長。 

 

-----------------------------------------------------

『そっちのゲッツじゃないって!』

◇ガイドワークスオンラインショップ
(限定特典:西原理恵子先生表紙イラストのクリアファイル付)
『そっちのゲッツじゃないって!』

◇Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/4865356339

バックナンバー

著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

関連書籍

閉じる