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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

オフクロ執念のNO!

 さ、もうそろそろ、この話も書いていい頃だろう。

 オレの今までの著作を読めばわかる通り、オレは完全なマザコン男である。幼少の頃からオフクロには散々迷惑をかけてきて、しかも、20歳ぐらいまではそれを悪いとも思っておらず、かなりひどい仕打ちをしてきたのだ。で、20代も半ばになり、ようやくオフクロのオレに対する無償の想いがわかってきた頃から、今度はオフクロのことがメチャメチャ好きになった。そして、自分の人生の半分ぐらいをオフクロを喜ばせるために使おうと思い、とにかく必死コイて文章を書いてきたのである。

 そのオフクロが他界してから10年以上が経つが、時間が経てば経つほど、そのオフクロの偉大さが身に染みてわかるようになってきた。義父であるヤクザにイジメられながらも高校を卒業すると、スグに丸の内の百貨店に就職し、数年後にバカだけど途方もなく真面目な親父と知り合って結婚。が、その親父の実家が10人近くいる大家族で、その人たちの食事や洗濯に1日中追われながら、それと並行してオレたち三兄弟を育ててきたのである。
 やがて親父の兄弟たちが次々と結婚して板谷家を巣立っていくと、既に40近くになっているというのに近所にあった老人施設で働き始め、夜も遅くまで老人養護の資格を取るために勉強し続けた結果、60になる頃には計200名近くいる職員の中で園長になっていたのだ。客観的に見て、それだけでも凄いのに、さらにオフクロは老人は元より、様々な職員たちの相談にも乗ったばかりでなく、家に帰ってくると今度は酔っ払った自分の旦那や実弟のヤクザの愚痴や泣き言も聞かねばならなかった。そう、オフクロは生きている時に、一体どれだけの人間の支えになっていたことか……。
 そんなオフクロが勤めていた老人施設で園長になった半年後、運の悪いことに自身が肺癌になっていることがわかった。スグに手術して癌になっている部分は全部切除したが、1年半後に再発していることが判明。そして、オフクロは苦しい抗癌剤治療に入ったが、その時ですら家族にも極力負担がかからないよう、自分のことは当たり前に自分でこなしていたのである。

 そして、ここからが今回の話の本題なのだが、オフクロが肺癌を患ってから3年目にウチのバアさんが死んだ。そして、ウチの親父は5人兄弟の長男だったので、当然オレたちが住んでいた土地も相続の対象となった。で、税理士に相談して分けてもらった結果、長男であるウチの親父は長い間ジイさんとバアさんと一緒に住んでいたので、他の兄弟より少しは多くの土地を相続することになったのだ。で、数年前に火事で全焼したウチの親父の母屋があった空き地は、親父の2番目の弟夫婦が相続し、そこにその叔父さんたちは家を建てることになったのである。
 ところが、それにオフクロが大反対したのだ。が、大反対したところで、その土地はもう親父の弟夫婦のモノなので、家を建てると言われれば邪魔する権利は親父にもオフクロにも無いのだ。てか、その叔父夫婦というのは、オレの結婚式の仲人をしてくれた2人なのだ。もちろん、その時にだって仲は悪くなかったのである。それなのに彼らがウチの前に家を建てると言い出した途端、オフクロが「止めてくれ!」と反対したのだ。
 結局、オフクロは自分の貯金で親父の弟夫婦が相続した土地を買い取って、以後、そこはウチの贅沢な駐車場となった。

「なぁ、オフクロ。叔父さん夫婦がウチの真ん前に家を建てるって言った時、何であんなにムキになって反対したの? そもそもあの2人はオレの結婚式の仲人もやってくれたし、バアさんが死ぬまでは仲良かったじゃん」

 オフクロが肺癌を患ってから4年半目。オレは自分の家の隣にあるオフクロが住んでいる家で、ヒーター付きのマッサージ機にかかっているオフクロにそのことを尋ねてみた。すると、こんな答えが返ってきたのだ。
「あの夫婦は旦那のOちゃんはいいんだけど、嫁のMちゃんが曲者でね。あの2人は結婚した当初は、この家の裏にあるオジイさんが建てた小さな家に少しだけ住んでたことがあってさ。その時、Mちゃんは私がいる所では板谷家の別の人の悪口を散々言って、そうかと思うと私がいない所では私の悪口を言ってたみたいなんだよ」
「えっ……そ、そうなのっ?」
「まぁ、今となってはそれはどうでもいいことなんだけど、私だって、あと何年生きられるかわかんないだろ。で、若い頃から色々な人の中で色々我慢したり踏ん張ってきたからさ。最後にこうして仕事も辞めて、あとはお父さんとノンビリ暮らそうと思ってたところに、またMちゃんが入ってきて、アッチではこんな事、コッチでは別な事を言われてイライラするのは、もう勘弁なんだよ。私は静かに暮らしたいだけなんだ」
(なるほどなぁ…………)

 オフクロは、この2年半後に死んだ。板谷家の親戚の中には、自分の旦那の兄弟を自分たちから遠ざけたウチのオフクロのことを悪くいう奴がいるかもしれない。が、オフクロは自分の人生の最終盤は、親父と2人で静かに、仲良く暮らしたいだけだったのだ。で、そうするには物事や人間関係をかき回す人物を近くに置いちゃいけないということを老人施設でつくづく感じ、そして、最後にどう思われようとソレを実行したのである。



いや、つくづくハンパない人生だよな………。

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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