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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

ド偉いチョイ役(後編)

 東映の菅谷さんから頼まれた撮影のある火曜日の早朝、オレとシンヤくんは車でロケ地の横浜にあるお寺に向かっていた。
「俺たちがチョイ役で出るのって映画なんスかね?」
 ハンドルを握りながら、そんな質問をしてくるシンヤくん。
「いや、菅谷さんの話じゃ、ネットフリックスっていうインターネット用の全8回のドラマらしいんだよな」
「最近は、TVドラマ劇場映画以外にもイロイロな媒体があるんスねぇ……。で、主演は誰なんスか?」
「いや、詳しいことはオレも全く聞かされてないんだよねぇ……。ただ、ヤクザ役をやって欲しいから、当日はすいませんがスーツを持ってきて下さいって言われただけなんだよな」
「まあ、じゃあ、それは現場に着いてからのお楽しみってことですね」
 そう言いながらも、少し興奮したように瞳を輝かせるとシンヤくん。

 午前7時30分。指定された寺の近くのパーキングに車を停め、2人して境内に入っていくとスグに菅谷さんが現れ、まずは監督さんに会わせるということで、沢山のスタッフが出入りしている本殿へと案内された
「監督、ゲッツさんとシンヤさんを連れてきました」
 そう言って、ラフな格好をしている40代後半ぐらいの男に声を掛ける菅谷さん。つーか、ちょっと待てよ……。よく考えたら、オレたちはチョイ役の、しかも、役者としてはド素人の人間なのだ。そんな奴らが偉そうに監督に挨拶って……。

「あっ、ゲッツさん。内田と申します。今日はよろしくお願いします」
「あ、よっ……はい、お願いします、どっ……どうも!」
 オレが名前を言われての挨拶にしどろもどろになってると、菅谷さんがその監督のことを簡単に紹介してくれた。
「板谷さん、この内田監督は『下衆の愛』とか『全裸監督』何かを撮ってる方で、最近では元スマップの草彅さんが主演の『ミッドナイトスワン』という映画を撮ってたんですよ」
「ぐぅええええ~~~~っ!!」
 ほぼ同時に、そんな薙刀を土手っ腹に突き立てられた落ち武者のような声を上げるオレとシンヤくん。
「い、いや、その映画なら、せっ……先週オレたちも劇場で観たばっかしでっ!」
「ボクも昔、バックパッカーをしてた頃にゲッツさんとかサイバラさんの紀行本をよく読んでましたよ」
 そう言って笑う内田さん。
 な、なんちゅう偶然……。まさか、先週観た、久々にド感動した日本映画の監督が今、自分の目の前にいて、しかも、オレが昔書いてた紀行本を読んでいたなんて………。

「あ、じゃあ、板谷さんとシンヤさん。続いて、このドラマの主演の人にも挨拶しに行きましょう」
 そう言って、まだ呆然としているオレとシンヤくんを再び境内の方に案内すると、その端っこにある休憩所のベンチに座ってる男の前で足を止める菅谷さん。
「あ、小沢さん。今回、ヤクザ役で出演してくれることになった作家の板谷さんとそのお友達のシンヤさんです」
「ん……」
 そのベンチに座ってる男がオレの方を向いた瞬間、オレはホントにもう少しで昔のダチョウ倶楽部のように「聞いてないよおおおっ!!」という声を上げそうになった。
 小沢仁志……。あの映画『ビー・バップ・ハイスクール』でヘビ次&前川新吾を演じた、あの顔面凶器役者………。それ以外にも映画『南へ走れ、海の道を!』でもヤクザに撲殺されるド迫力のチンピラ役を演じたり、現在では、まさにVシネの神様、大御所と呼ばれている人物なのである。
 つーか、ま、一応オレも10代の頃は親戚のヤクザの元で見習いのようなことをやっていたので、単にそういうトッポ役を頻繁にやっている役者というだけではビビることはないのだ。が、だ。Vシネの中でも特に顔面が無条件で怖いのは、白竜さん、そして、この小沢さんなのである。
「よっ……よろしくお願いします!」
 気がつくと、そんなセリフを吐きながら頭を下げている自分がいた。
「ああ……よろしくぅ」

 それから30分後。早くも現場は撮影に入っていた。
 オレの役は、あ、まだこの作品はドラマとして放映されてないから詳しくは書けないが、とにかくオレは小沢さんとは敵対関係にある組のヤクザで、ファーストシーンが寺の中に入ってくる小沢さんを入口で止めてボディチェックをした後に中に通すという役だった。つまりは、小沢さんの前に立ちはだかって睨みつけた後、ポンポンポンっと小沢さんの全身を手で叩いて凶器を持ってないことを確認した後、「入っていいぞ……」とばかりに顎で合図するのである。
 つーか、お前ら、この役やってみ。いかにドキドキするかがわかるからっ。しかも、いきなりあの顔面凶器に思いっきしガンをつけてんのに、カメラはオレの背後にあるから、その顔は1ミリも映ってないんだぜっ。わかるかっ、この勿体なさが! この無情感が!

 で、その後の撮影でも、オレは和室の引戸を開けて乱暴に部屋から出ていくシーンでも、その引戸を仲居さんのように両手で開けて監督に笑いながら注意されたり、小沢さんに資料を渡すシーンでも乱雑に片手で渡すところを、まるで卒業証書でも渡すように、これまた両手で渡しちゃってみたりのポンコツぶり。
 ま、色々な事情でこれ以上詳しくは書けないんだけど、結局オレは計4日も撮影現場に行くことになって、その結果、小沢さんにも演技のことでイロイロとアドバイスをしてもらうことになった。で、その小沢さんに対する緊張感が、何かに対する緊張感に非常によく似てるなぁ~と思っていたら、わかりましたよ! 小沢さんって、オレが暴走族に入っていた時の2コ上の先輩、その先輩が40年近く経ってるのに殆ど当時のままでいるって感じなんだよね。実年齢もオレの2コ上だしさ。



 ま、とにかくパンチの効いた楽しい4日間でした。ありがとう、菅谷さん。

 

 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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