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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

人を喰ううどん屋

 八王子の住宅地のド真ん中にある「ふたばや」といううどん屋。
 オレがその店を知ったのは、今から15年ほど前に八王子に引っ越してきた親戚に教えてもらったのだ。とにかくこの店は全くといっていいほど目立たず、出入り口にノレンが無ければ普通の民家だと思って、ごく自然に通り過ぎてしまうような店だった。
 「ふたばや」のうどんは、いわゆる東京都下の多摩地区と埼玉西部に伝わる「武蔵野うどん」に属するものだった。麺は一般的より太く、かなり強いコシがあり、食感はつるつるというよりかはゴツゴツという感じ。食べ方は大体がざるに盛っての「ざるうどん」で、つけ汁はカツオだしを中心とした強い味で、甘みも割と強い。また、そのつけ汁の中に細切りの豚肉を入れる店が多い。
 
 で、そんな「ふたばや」の麺を何度かざるうどんで食べているうちに、オレはすっかり気に入ってしまい、その後も月に1~2度は来店し、ざるうどんかカレーうどんを食べ続けたのである。そのうち自分が連載している雑誌で是非、この店を取材させてもらおうと思って、食事をした後にそのことを告げると「いや、いつも来てくれてるお客さんに迷惑をかけたくないので、取材はお断りします」とバチッと釘を刺されてしまった。

 でも、「ふたばや」のうどんは相変わらず旨かったので、その後も1年半ほど通っていると、オレはある事に気がついたのである。この店のお客さんの約7割以上は「ざるうどん」を注文するのだが、いつ来ても大体見かける70代ぐらいのジジババ2人組の超常連は、何故必ず「肉入りたぬきうどん」を食べているのだ。で、最初は(変な年寄りだなぁ~)と思っていたのだが、ある日、オレも1回だけ味見の意味で、その肉入りたぬきうどんを頼んで食べてみたところ、あまりに旨くて天地が引っくり返りそうになった。
 熱いかけ汁で麺が適度に柔らかくなり、それと一緒にすすり込む、揚げ玉と肉が溶けた汁の甘味がまた応えられなかった。さらに、その肉入りたぬきうどんを3分の1ぐらい食べた時点で、テーブルの上に常備されているすりゴマを大量に汁にブチ込むと、これまた独特のコクが出てきて半端じゃない旨さが口の中に広がるのである。
 もちろんオレは、この店のうどんを友達や読者などに口頭やホームページで勧めたが、当時は八王子までわざわざうどんを食べに来る奴などは殆どおらず、もっぱらこの「ふたばや」はオレの家族御用達の店ということで落ち着いていた。

 で、そのうちオレは東映の黒澤満さんという、昔、松田優作が主演の映画プロデュースを何本もやっていた方と、東映がオレが原作を書いた作品を映画化してくれた関係で何度か食事に誘われるようになり、ある日、東映の若手プロデューサー菅谷さんと八王子にあるという黒澤さんの実家に行ったところ、ナント、「ふたばや」から300~400メートルしか離れてない場所にあったのである。そんで是非、近いうちに「ふたばや」の肉入りうどんを食べに行きましょうということになったのだが、間もなくして生憎「ふたばや」の店主が肩を壊して昼間しか営業ができなくなってしまったので、黒澤さんに「ふたばや」の肉入りたぬきうどんを食べさせるという計画は先延ばしになってしまったのである。

 それから更に5~6年経った頃になると、オレはすっかり本場、香川県で食べた讃岐うどんの虜になってしまい、暫くは「ふたばや」のことを忘れていたのだが、つい3年ぐらい前から、また時々は「ふたばや」に行くようになり、その時に地元の八王子に住むシンヤくんという後輩を誘ったところ、彼はすぐに家族で「ふたばや」に通うようになったのである。
「俺、ずーっと八王子に住んでんのに、今までこんな旨いうどん屋があるのも知らず、それを立川に住んでる板谷さんに教えられてるっていうんだから、ホント恥ずかしいですよ」
 シンヤくんにそう言われると、少々こちょばゆかった。自分はこの3~4年の間、ずーっと香川の方を向いていて、この「ふたばや」のことは忘れていたのだ。ところが、この割と近所にあるうどん屋を地元のシンヤくんに教えた途端、彼は1ヵ月に1~2回のペースで、しかも、家族を伴って通うようになってしまったのだ。そう、この「家族を伴って頻繁に通う」という行動こそが、その食べ物屋に対する最高の褒め言葉なのである。

 その後、オレは1ヵ月に2~3回のペースで新たな友達を「ふたばや」に連れて行った。すると誰もが3~4口目から「美味しい~~~!」と言い始め、食べ終わると「また絶対連れてきて下さいね」という声を掛けられた。さらに今から半年ほど前のことだった。1年ぐらい前から急に仲良くなった、千葉県の木更津市に住む「くまごろし(以下、クマ)」という名の後輩が、オレが「ふたばや」のことをネットに書いていたら是非、連れてってくださいと連絡をしてきて、翌日の午前中には高速道路のアクアラインを使って約70キロ離れたところからウチにやって来た。そして、「ふたばや」に連れてって、2人で肉入りたぬきうどん3玉分をそれぞれ食べたら強烈に唸り始め、「こんな旨いとは思わなかった! 俺、これからは休みの度に1人で千葉からココに通いますよっ、いやホントに!」って言ったけど、まぁ、うどん一杯のために往復約140キロを走るっていうのは、3~4ヵ月に1回ぐらいだろうな、と思ってたら、ホントに月2回のペースで「ふたばや」に通ってるみたいなのである。

 さらに「ふたばや」マジックは続く。クマを「ふたばや」に連れてった4ヵ月後、今度は前出の東映の若手プロデューサー菅谷さんを新宿は高田馬場にある激旨トンカツ屋「成蔵」という店に連れてくことになった。で、それは晩飯だったので「じゃあ、昼間は黒澤さんを連れてこうとしてる『ふたばや』に行きましょうよ。菅谷さんも、まだ行ったことないんですよね?」と声を掛けたら、「え、うどん屋ですかぁ? それ、ホントに旨いんですかぁ~?」なんて言ってきたのだ。そんで、とにかく昼に「ふたばや」の肉入りたぬきうどんを食べた後に高田馬場の「成蔵」に行って、菅谷さんの口から出たのが、次の言葉だった。
「いや、確かに、この『成蔵』って店のトンカツは、今まで自分が食べてきたトンカツの中でも1番美味しいとは思うんですけど、昼に食べたうどんのインパクトが強過ぎて、そのトンカツの旨さに完全に霞が掛かっちゃってますよ。いや、まいった……」
 つーか、オレも誰に訊いていいのかわからないけど、「ふたばや」の肉入りたぬきうどんってそんなに旨いんかよっ!? なんか皆のドハマリぶりを見てるうちに、そら恐ろしくなってきたんですけど……。



 ま、気になる人は、月~土曜までの午前10時45分~午後2時頃までやってるので、1度確かめる意味でも「肉入りたぬきうどん」を食べて下さい。ボキも何とか、現在83歳の東映の黒澤さんを1度連れて行きます(笑)。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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