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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

三本の矢の最後の一本

 今から10年前、オレは香川県で讃岐うどんを初めて食べてからうどんの大ファンとなり、また、その地で出会った1人の男をモデルに小説を書こうと思った。

 それから5年が経ち、もちろん依然として、その男を主人公にした小説を書こうとは思っていたが、基本的に小説といってもまるっきりの作り話を書けないオレは徐々に焦り始めていた。前の小説『ズタボロ』を出版してから5年近くが経っており、となると次の小説はそこそこのヒット作を出さなければ、小説家としてのオレの寿命は消えてしまう。で、5年前から書こうと思っている小説は、それをクリアすることが出来るのかイマイチ自信が無くなってきたのだ。
 いや、そのストーリーにはオレなりには自信はあったものの、いやらしい話だが今度オレが狙っているのはホームランなのである。その男のキャラを全面に出した小説を書いた場合、オレの力では、シングルヒットで終わってしまうような気がしてきたのだ。で、オレなりに焦っていたら、ある日、あることに気がついたのである。オレの周りにはもう1人ハンパない個性の女性がいて、彼女も香川に住んでいるオレの友達とは知り合いになっている。つーことは 主人公を2人にしてしまえば話はもっともっと広がり、そこそこのヒットを生む小説を完成させることが出来ると思った。
 そして、オレはその小説を書き始めたのだが、最初の2章分を書いた時点で、ピタリと筆が止まってしまったのである。まだ足りない……。現在のオレが小説家としてソコソコの位置にいれば、その2人の話を書いたら、それなりのヒット作を生む自信はあったが、今のオレは全国的に見れば、ほぼ無名である。そんなオレがヒットを飛ばすには、もっと人を驚かせ、さらに人を心から感動させる作品を書かなければ、ちょっとしたお笑い小説で終わってしまう気がしてきたのである。

 そんなことを考えていたら、アッという間に更に2年が経っていた。もちろん、オレの周りにいる奴らの中にも「ねぇ、小説はいつ完成するの? てか、ホントに書いてるの?」と、「“太陽を盗んだ男”を撮った長谷川和彦と同じで、結局は次の作品を出せないんじゃないのぉ~?」てなことを言う奴も出てきた。ますます焦るオレ。そして、そんな時にある考えが唐突に天から舞い下りてきた。
(そうだよ、今まで小説やコラムを書いてきたけど、その中でも圧倒的に読者に人気があるのがオレの幼馴染のキャームじゃねえかよ。しかも、キャームはオレの小説の2人の主役とも交流があるんだから、小説の主人公を3人にしちゃえば、もう果てしなく話が広がってくるぞ!)
 が、それには1つ問題があった。オレとキャームの仲、それがその頃から結構悪くなっていて、幼馴染と言っても2~3カ月に1回ぐらいしか会わなくなっていたのだ。オレは考えた挙句、キャームをモデルにした奴を出すにしても、そのダークに感じる部分は殆どカットしようと決めた。いや、このキャームという幼馴染はホントに個性の塊のような奴で、例えそれをカットしても充分に主役の1人を張れると思ったのだ。
 かくしてオレは、怒涛の勢いで小説を書き始めたのだが、オレが主人公にした3人はホントに日本の個性派チャンピオンみたいな面々で、小説で奴らのことを書いていてもリアルタイムでその話を楽々追い越しちゃうようなことを次々と起こすのである。で、その度にオレは話を何度も書き直し、そして、小説が全体の3分の2ぐらいのところまでで進んだ時にある事に気がついたのだ。

(おい、このままキャームのダークな面を隠したまま書いてたら、この小説はどこにも着地出来ねえぞ………)
 が、キャームはプライドがハンパなく高い男なのだ。だから奴のカッコの悪いことを書いたら、まぁ、オレを訴えてくる可能性は低いが、少なくともプライベートでの付き合いは完全に終わってしまうだろうと思った。そして、1年近く悩んだある日のこと。突然、5カ月も前にキャームが死んでしまったことを知らされたのである……。
 その瞬間、今書いてる小説はボツにしようと思った。なぜなら、その頃はあまり交流が無かったとは言え、オレんちから僅か3キロほどしか離れてない家に住んでいる、自分にとっては1番古い、付き合いが48年にも及ぶ幼馴染の親友が死んで5カ月という途方もない時間が流れたというのに、それを知らないでいたオレは小説家という前に、人間として失格だと思ったからだ。

 更にその後、オレは自分自身についてもとんでもない秘密があることがわかって落ち込み、とどめに長年家族としてやってきた嫁とも離婚することになったのである。
 ハッキリ言ってオレはボロボロだったが、そんなオレを救ってくれたのは他ならぬキャームだった。ある日、立川駅前を歩いていたら、後ろからオレにタックルしてくる奴がいるのである。で、その衝撃はスグに肘打ちのようなものに変わり、オレの腰の裏に繰り返し肘打ちを入れてくる奴に向かって大声で怒鳴っていた。
「テメー、あにやってんだよおおおおおっ!!」 
 オレに肘打ちを入れていたのはキャームだった。 
「キャ……つーか、お前、こんなところで何やってんだよっ!?」 
 が、キャームはその問いには答えず、次のようなことを言いながら再びオレの腰の裏に肘打ちを繰り返してきた。
「良かったじゃねえかっ! ドカッ!!(肘打ち) これで何でも書けるじゃねえかっ! ドカッ!!(肘打ち) ウダウダ言ってねえで早く完成させろやっ! ドカッ!!(肘打ち)」
 で、オレが何か言葉を返そうと思った次の瞬間、ハッと目が覚めたのである。……そう、キャームは夢でオレに喝を入れてきたのだ。 


 つ~ことで、一応その小説も書き上がり、現在最後の赤入れをしているところである。ま、様々威勢がいいことを書いたわりには笑っちゃうくらい売れないかもしれないけど、今年中には書店に並ぶ予定なので出たらなるだけ新品を買ってね。中古本なんて買おうものなら頭コキーン!だからな(笑) 

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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