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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

嫌な予感

 ぶぅわははははははははっ!! ぶぅわははははははははははははははははははっ!! ………あ~あ。
 
 先々月のアタマまでオレが原作を書いた「ズタボロ」、その映画撮影が続き、ボキは仲の良い東映のプロデューサーSさんの力に少しでもなれればと炎天下の中、連日撮影現場に通った。そして、その全撮影が終わった翌朝、それを待っていたかのように病院にいた親父のケンちゃんが死んだ。
 で、その葬式やら四十九日などを何とか終わらせ、ようやく一息つけると思ったある朝、目を覚ましてみると左脇腹に尋常じゃない引き攣りが起こっていた。最初、胃潰瘍になったと思い、(あ~あ、また面倒臭い病気にかかっちまったなぁ……)と病院に行くと、その部分の皮膚が少し腫れてるのを見た医者が検査も何もしないうちから「これは帯状疱疹だねぇ~」と言ってきた。そして、飲み薬と塗り薬を処方してくれ、それを1週間ほど飲み続けるとようやく皮膚の発疹と神経痛が治まったのである。

 (ふぅ………)

 その朝オレは、そんなタメ息を吐き出し、ようやく一連のドタバタに一区切りがついたと思った。
 そして、朝の10時ぐらいに車で家を出て、約30分ぐらい走ったところにある美味しい紅茶の食パンを売ってる店に向かい、予約していた食パン3斤を受け取ってお金を払うと再び実家のある立川市に戻ってきた。と………、

 (今日の昼は立川の駅ビルの中にある店で麻婆豆腐でも食べるか~)
 そう思い駅ビルに向かっていると、突然小便がしたくなってきた。が、トイレなら、その駅ビルの立体駐車場の中に車を止め、50メートルも歩かない所に各階のトイレがあるので、とにかく駅ビルへと急いだ。
 10分後、立体駐車場の3階に車を止めたオレは、かなり激しさを増してきた尿意と闘いながらトイレがある階段へと向かった。
  ドンッ!
「痛ぇな、この野郎!!」
 全身に響く衝撃から一拍遅れるようにして、そんな怒鳴り声が飛んできた。
 ふと顔を上げてみると、オレの前方に20代ぐらいのスポーツマン風の兄ちゃんが立っており、コチラの方に激しいガンを飛ばしていた。
「あ、ゴメンなぁ~。オジさん、ションベンしたいんで、ちょっと先に行かせてくれるぅ~」
 そう言って階段を上がろうとすると、そのスポーツマン風の男の脇から今度は変なヒョロっこい兄ちゃんが出てきて、オレの行く手を塞ぐように立ち止まると、
「ガハハハハッ! 小便オジさん、小便オジさん」
 という言葉を発した。
「つーか、いいからどけよっ、オレはションベンがしてえんだよ!!」
 そう言ってそのヒョロっこい兄ちゃんをどかそうとすると、
「その前に俺にぶつかってきたことを謝れよっ、このジジイ!」
 そんな言葉を飛ばしながら、あろうことか、階段の上からオレの胸を右手で小突いてくるスポーツマン。
「バカ野郎、落ちんじゃねえかよ!!」
「落とそうと思ってやったったんだよっ、ジジイ!!」

 あ~あ、またまた面倒なことに巻き込まれちまった……と思った。このスポーツマン風の男は多分、体を何かしらで鍛えていて、そんな自分がオレのようなデップリとしたジジイに負けるわけがないと思っているのだ。が、と同時に小便がもうガマンしきれない状態に差し掛かってきたと判断したオレは、とりあえずその立体駐車場の中にある柱の影にでも小便をしてやろうと背後を振り向くと、また、こういう時に限ってオレたちのやり取りを30代ぐらいの主婦らしきグループ、それに20代ぐらいのカップルが見ていたのである。
(ヤ、ヤバいっ。オレは膀胱が人より小さいんだ! これじゃあホントに漏らしちまうぞっ!!)
そう焦りながら、自然と左右を行ったり来たりするステップを繰り出していたところ、
「ガハハハハッ! 漏らしちゃうオジさん、漏らしちゃうオジさん」
 というヒョロっこい兄ちゃんの声が響いてきて、続いてオレの真ん中までスポーツマン風の男が階段を下りてくると、さもオカしそうな表情を作りながら次のような言葉を吐いたのである。
「早くソコでションベンを漏らして、俺たちに伝説を作ってくれよぉ~。なっ、オッさん!!」
 次の瞬間、オレは何の迷いもなく超久々にチョーパンを下から突き上げるようにスポーツマン風の男の顔面に浴びせ、それでも怒りが収まらず、さらに上にいたヒョロっこい兄ちゃんの顔面にも思いっきり左の側頭部をブチかましていた。そして、それを済ませると、まるで遊撃手からパスを受けた二塁手がゲッツーを取るためにセカンドベースを踏んだ後、そのまま一塁に送球でもするかのようなスムーズさで階段を駆け上がってトイレへと滑り込んでいた。

「おっ、まだソコにいたのか?」
 トイレでスッキリした後、再び階段のところを覗いてみると、例のスポーツマン風の男はまだ顔面を両手で押さえて座っており、奴を介抱するかのように鼻血を少し出したヒョロっこい兄ちゃんがそのスグそばに立っていた。
「で、まだ何か文句あんのか、ええ?」
「いっ………いや、こっ……怖々オジさん、怖々オジさん!」
オレからの問いに、そんな答えを返してくるヒョロっこい兄ちゃん。
 つーことで、今回の冒頭でオレが笑ったのは、実はそのヒョロっこい兄ちゃんの言葉を思い出したからで、その直後にタメ息を吐いたのはココ数年間、久々にノンビリした時間を過ごしていたが、また以前のような嵐の日常がやってくるような気がして、ついタメ息をついてしまった次第です。

ちなみに、この日の昼は麻婆豆腐を食べ忘れ、家で紅茶パンをトーストして2枚食べました。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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