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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

長続きする名店の条件

 さぁ、今回は東京郊外の多摩地区に住んでない人には全く関係ない話をしよう(笑)。
 
 オレは、今までパンをあまり食べてこなかった。そう、少し前までは全体の60%がお米を中心とした食事で、35%がラーメン、うどん、そばなどの麺類。そして、全体のわずか5%ぐらいでパンを仕方なしに食べていたのだ。
 いや、とは言ってもウマいパンだってそれなりには食べてきたのだ。新宿三越百貨店の地下にあったジョアンというパン屋のミニクロワッサン、ベトナムで食べたフランスパン、よしもとばななさんにもらった下北沢の味噌パン。どれも美味しいパンだった。が、やはり、あの米を頬張ってる時の心からの充実感や、麺を啜ってる時のトキメキに比べると、パンを食うことに対しての魅力というのはガクン!と落ちる。
 
 ところが、今から1年前である。インターネットを見ていたら、オレんちがある東京郊外の立川から更に田舎に行った日の出町というところに人気のある、知る人ぞ知る小さなパン屋があるという情報が載っていた。が、その店の場所があまりにも分かりにくい所にあるため、情報を聞いて行った人の大半が店を見つけられないで帰ってくるというのだ。

 翌日。オレはカーナビにその店の住所を打ち込み、あきる野市方面にあるその「ダンデリオン」に向かった。ちなみに、少し前でパンには殆ど魅力を感じない、なんて書いたのに、何でわざわざそんなトコに向かったのかというと、1つは宝探しのような興味本位。そして、もう1つはオレはその時期、昔から比べるとパンやホットコーヒーが割と好きになってきていて、2週間に1回くらいは立川の外れにある「ゼルコバ」という有名なパン屋に通っていたのだ。で、そのダンデリオンというのは、ゼルコバと比べてどうなのか?ということを知りたかったのである。
 インターネットの情報はホントだった。最寄の駅、JR武蔵増戸駅を過ぎて走ること約400メートル。カーナビには、その道路の右手にダンデリオンがあるという表示が出ていたが、その辺り一帯を見ても小さな家がゴミゴミ建ってるだけで、パン屋などはドコにも見当たらなかった。オレは、とりあえず右折してスグのところにあった他人の駐車場に自分の車を停め、すぐ近くのアパートから出てきた子連れの20代中盤ぐらいの主婦に声を掛けていた。
「すいません、この辺にダンデリオンっていうパン屋さんはありませんか?」
「ダンデリオンですか……。いや、とにかくこの近くには、そういったお店とかは多分1軒もないですよ」
「ああ、そうですか……」
 
 オレは呆然としながらも、少しその周辺を歩き回っていると1軒の小汚い工場から、これまた小汚いオヤジが出てきた。
「あ、すんません。この辺にダンデリオンっていうパン屋さんはありませんかね?」
そう声を掛けた直後、既に後悔しているオレがいた。そう、こんなピテカントロプスのような顔をしたオッサンに訊いたって分かるわけがないのだっ。……ところが。
「ああ、その先の信号を左に入って、100メートルぐらい進むと、また左に入る道があるから、ソコを曲がって少し歩くとあるよ」
 
 ビックリした。道路に穴を掘ってるガテン系のオッサンに流行りのファンシーショップを訊いたら、少しも迷わず即答され、しかも、その店のレジの脇には人気のウサギのヌイグルミも売ってるよ、と教えてもらったような気分だった。
 オレは、そのオヤジに礼を言うと、とりあえずいつまでも他人の駐車場に車を停めとくわけにもいかないので、ソコから車を出し、それに乗ったまま指示された信号を左折。
(うわっ。信号機が付いてるのになんて細いんだ、この道路!?)
 で、その狭い道路を恐々100メートルほど進んでいったところ、不意に左手に立ってる電柱に『ダンデリオンこの奥←』という貼り紙があったのである。が、その左に入る細さといったら………。
 が、オレは自分の車を直前で少し右に膨らませながら、イッキにその脇道に車の頭部を突っ込むと、右左にはもう5センチの余裕もないその激セマロードを時速10キロくらいで進んだ。
 
(あっ……あったあああああっ!!)
 『ダンデリオン』という看板のあるプレハブ造りの店は、その道の途中に建っていた。つーか、よく考えてみると、さっきココの場所を訊いた時に知らないと答えた子連れの主婦、彼女が住んでるアパートから50メートルも離れてない場所だった……。で、まぁ、この日、数種類のパンを買って家で食べてみたがこれが今まで食べたどのパンより美味しいのであるっ。特に紅茶とか、玉子ミルクとかの味付きの食パン、これが感動するほどウマいのだ。
 
 前出の「セコルバ」というパン屋のパンは中味がギッシリ詰まっていてとても固いのだが、このダンデリオンの食パンはソレとは正反対だった。その食パンの上に洋服のカーディガンを少し置いといただけでも、屋根に積もった雪の重みで傾いでしまう田舎の家のように、すぐに凹んでしまうのだ。
 ところが、この超軟らかな食パンをトースターで焼くと丁度いい軟らかさになり、しかも、紅茶なら紅茶の香り、玉子ミルクならその甘い香りがビックリするほど漂ってきて、バター類など何も付けなくてもハンパじゃなく美味しいのである。その上、この食パンは1斤250~300円という安さなのだ。
 
もちろん、オレはこのパンを友だちにも食わせた。すると、誰もが「ああ、美味しい!」と目を輝かし、2枚でも3枚でも食べてしまうのだ。そして、オレはダンデリオンの場所を教えてやるのだが、あろうことか誰も行かないのだっ。そう、今まで20人近くには同店の場所を教えたのだが、実際に車で行ったのは1人だけで、しかも買いに行ったのはたったの1回だけという始末である。
 いや、オレだってわかるよ。みんな、それなりに忙しいのだ。オレはフリーのライターをやっていて、時間だって、サラリーマンより大分自由に使えるから、週に1~2度はパパッとダンデリオンに行けるのである。で、それ以前、みんなダンデリオンのパンは確かにウマいとは思うけど、往復1時間以上車に乗って買いに行くほどでは……と思っているのだ。
 でも、今回オレは初めて分かったんだけど、メチャメチャ旨いというより、それぐらいの旨さの方が飽きないで長く好きでいられるのである。しかも何度も言うが、1斤250~300円という安さだ。そりゃ、あんな田舎のわかりにくい場所にあるにも関わらず、オレは週1以上のペースで通っちゃうっつーの(笑)。
 
 
ちなみに、これは後で知ったのだが、ダンデリオンの営業時間は月曜~金曜までの午前10時~午後2時までと1日4時間だけなのだが、その後も近所の様々な施設などにパンを売りに行き、その大量で種類の多いパンを基本的には若夫婦2人だけで作ってるので、彼らの平日の睡眠時間は3~4時間ぐらいだとのこと。
いや、ホントに頭が下がります……。

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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