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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

ああ、あの日に還りたい

 最近、オレは家の近所にイイ酒屋を見つけた。
 その店は日本中の名だたる日本酒を、しかも、かなり安い値段で販売しているのである。オレは日本酒の中でも特に好きな“白ワインのような味のするもの”をその店でジックリと選び、そして、1回に3~4本買ってきては、その味を楽しんでいるのだ。

 で、先日、5~6人の友達を自宅に呼び、一緒にそれらの日本酒を飲んだ。
「しかし、板谷って日本酒強いよなぁ~。忘年会の時も1人で1升以上飲んでるのにケロッとした顔してたもんな」
 そう、最近オレは友だちから、よくそう言われるのだ。で、コッチもそう言われれば気分が悪いはずもなく、ニヤニヤしているのだが、実は次のようなことなのだ。
 オレは、もちろん酒は嫌いじゃないが、飲むのは月に1~2回なのだ。よって、肝臓も全然弱ってなく、しかも、大抵が大好きな白ワインのような味のする日本酒しか飲まないので、結構な量を飲めるのである。
 で、その日も自分の家にある日本酒をジャンジャカ空けて、解散するまでの夜中の2時までの間に日本酒の一升瓶が3本空になっていたが、オレは庭先まで皆をちゃんと見送ってから床に入った。それから2日後。オレの脳に突然、ある言葉が浮かび上がってきた。
“あれっ………オレって一昨日、皆と酒を飲んだ時に泣いていたような気がするんだけど”
 間もなくしてオレは、あの時に現場にいたハッチャキに電話を掛けていた。
「あっ、ハッチャキ。つかぬことを訊くけどさ、オレって一昨日、酒を飲んだ時に泣いたぁ?」
『え……ああ、泣いたねえ』
 そう言って、静かに笑うハッチャキ。
「えっ、どんなことでオレ泣いてたの!?」
『確か、板谷くんの亡くなったお母さんが昔、自分の年収の話をしてきた時に……』

 あっ!!

 その瞬間、オレは全てのことを思い出していた。
 オフクロが肺ガンを患って老人養護施設の園長を辞める確か2年前、つまり、今から16年前のこと。その日、買物から帰ってきて庭に止めた車から出ると、オフクロが妙にニコニコしながら近寄ってきて、オレに次のような声を掛けてきた。
「コーイチ………うふふ、アタシの去年の年収が遂に1千万円を超えちゃったよ」
 そう言って、再び笑顔を浮かべるオフクロ。と、オレは(もうすぐ60歳になるっていうのに何を得意になってやがんだ)と思い、次のような言葉を返した。
「ふんっ、オレなんか、もう3年前から1千万以上稼いでんだから、そんなことでは自慢にもならねえよ」
 と、オフクロは笑いの中にも急に淋しさのようなものを交え、そして、「けんちん汁を沢山作ったから、欲しかったらウチに取りにきなね」と言って、自分と旦那のケンちゃんが住んでいる家の中に入ってしまったのである。その時は特に何も感じなかった。が、それから8年ほど経った、ウチのオフクロの肺ガンでの死後、改めてその日のことを思い出した時、初めてオレは、自分があの時にオフクロにとんでもなく冷たい一言を返していたことを自覚したのである。

 老人福祉の仕事というのは、ホントにハードな大変な仕事だ。それはオレが中学2年の時に近所の老人ホームで働き始めたオフクロを見てても、わかることだった。しかも、大変な割には給料は驚くほど安く、ましてや、ただの高卒の学歴でそのホームで40歳近くから働き始めたオフクロの大変さというのは並大抵ではなく、初出勤した日に泣いて帰ってきたことからも、その大変さは想像がついた。
 が、オフクロは頭も特に良くはなく、字も恐ろしく下手で、何の特技も無かったが、その後、コツコツと勤め続け、58歳の時に遂に計200名以上いる同老人ホーム職員の中で、たった3人しかなれない園長になったのである。それに加えて、オフクロは朝は8時から夜は18時ごろまでの勤務をこなした後、夜中の2時頃まで老人介護の様々な資格を取るために勉強をやり続けてきた。
 で、その結果が年収1千万円という、老人介護職員にとっては異例の金額になって出たのだ。そう、普段は自分の稼ぎなど決して人には自慢しないオフクロだったが、あの時、家族のオレにだけは褒めて欲しかったのだ。なのに、あんな乾いた一言を返された挙句、その数年後に肺ガンになって、7年間の闘病後に67歳という年齢で他界してしまったオフクロ……。
「ええっ、1千万円を超えたあああっ!? ハンパじゃねえじゃん、オフクロ!」
あの時、オレは、どうしてそんな一言が言えなかったのか……。その後悔が、その自分の愚かさに対する怒りが、オフクロが死んで12年も経った、やっとその死が過去のことになったと思っていた、つい先日に涙となって吹き出てしまったのである。


 オフクロ、あの時はホントにゴメンな。最近オレも息子に自慢の豚汁を「俺、それだけは要らない!!」とか言われて落ち込んだりするけど、アナタのことを時々思い出しては、これからも精進していきます。うっス!

 

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著者略歴

  1. 板谷宏一

    1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

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